運命愛
ハルは、この前の事件のこともあり、多くの財産と住宅は与えられていたものの、監視の目はより一層厳しくなっていた。
家の中には、監視のための目玉が壁の至る所についていた。
しかし、そんな監視の目にも見えないものがあった。
それがハルのダイモン、リュウであった。
リュウはどこへでも自由に飛んでいき、ハルに必要な情報を伝えてくれたり、様々なビジョンを見せてくれた。
ハルとリュウは深いこころのなかで会話をしたのでもちろんその内容が外に漏れることはなかった。
ハルはリュウがいつになく元気に飛び回るものでどうしたものかと思っていた。
リュウが自由であったように、ハルは外面的には拘束されてはいたが、彼自身の在り方は全く自由であった。
「自由であるとは、自分自身の主人であることだ。
トルテの法や国の言いなりになることではない。
たとえ、外面的には従うことがあっても、〈こころ〉までは奪うことはできない。
〈こころ〉こそはオレのものだ。」
ハルが悟ったのはそういうことだった。
そして、リュウからのインスピレーションで、自分の運命がこれから大丈夫であろうこと、
自由を手にするであろうと言うことを予感していた。
環境的にも外面的にもその兆候は全く分からなかっが、こころの深くではそのような確信がありありと持てたのである。
次第に、ハルは監視かにもかかわらずダイモンの導きによって大胆に自由に行動するようになっていった。
シャンディ・ガフがハルを一瞥すると、ハルは言う。
「やはり、僕は望んでこの国に生まれてきたのかもしれません。」
ハルの顔は、あの教育された笑顔でも、卑屈な目をそらした顔でもなかった。
ただ、すべての運命を受け入れた人間の、そして自由と自己をみずから引き受けた男のそれだった。
シャンディは不思議そうな顔つきをしていった。
「あらそう・・・。
何をいまさら・・・そんなことは初歩中の初歩じゃないの。」
もちろん、ハルが言ったのは、
「自分はトルテ王に盲従するために生まれてきた。」という意味ではなかった。
ハルのこころの中、いや、全存在を占めていた覚悟は、運命愛、それだった。
この不条理な運命を愛するという覚悟。
たしかに、自分はトルテ国という狂った場所に生まれ育ち、多くの悲劇を通り抜けてきた。
このこと自体はどうにもならぬ・・・どうにもならぬことなのだ。
いくらおかしいといったところで、狂っているといったところで、
もしこの国に生まれてこなければよかったといくら嘆いて熱望したところで、
ハルはもうこの状況に投げ込まれてしまっているのだ。
このことに関してはどうしようもない。
・・・どうにもならぬことなのだ。
しかし、それは、あきらめや被害者の側にとどまることでも無気力のうちに沈むことでもない。
自分はこの不条理な運命に打ち勝ち自由になるために生まれてきたのだという奇妙な確信が腹の底から湧き上がってきたのだ。
不条理を正面から受け止めること。
そして、たとえそれに立ち向かって敗れたとしても、もし自分の美学、あり方を貫いて死んでいけたら・・・かりにその先、みんなから嘲笑され、白い目で見られ、孤立しようとも・・・ザッハ・トルテが言うような暗黒があったとしても・・・それは・・・
もしそういう生き方を貫き通せたら自分の勝ちなのだ。
ハルの人生の目的は、トルテ王国を打倒する事でも、復讐を成し遂げることでもなくなっていた。
―――――自由!
―――――そして、自分自身になる、ただそのことだった。
トルテは自らを信じろということを繰り返し説いた。
「信じればその先に自由がある」と。
そして、信じた者たちはトルテの操り人形以外の何物でもなかった。
しかし、今やハルは自らを信じていた。
自らの運命を信じていた。
そして、そのことは囚われの身でありながら、ハルを自由にした。