自由へ
マスター、ソラ、ウミ、レイはへとへとになりながら、
荒野と山道を進み続けた。
マスターは、少年少女たちのはるか先を振り返らずに進んでゆく。
ゆっくりと三人はあれこれ話しながら追いかける。
「はあー・・・よく、ザッハ・トルテの人々は、こんな道なき道を大挙して移住したものだ。
それだけのモチベーションがあったということなのかなあ。」
ソラはつぶやく。
「自然というのはそれにしてもなんと神秘的なのでしょう・・・。
草も木も鳥も太陽も、生きていると感じるわ。
あのバル・バコアの街並みとは大違い。」
レイは窮屈な都会から解放されたせいか気持ちよさそうにしている。
「私、ザッハ・トルテさんについていろいろなことを聞くたび、ほんの少しだけ気持ちがわかるような気がするの。」
ウミが言う。
「ほう。」
「だって、あんな夢も希望もない世界で生きていたら・・・
右に行っても左に行っても前に行っても後ろに行っても、逃げ場所などないのだとしたら・・・
光が欲しくなる、救いが欲しくなる。
たとえ、それが偽りだったとしても、それに縋りつくしかないよね。
あまりにも喉が渇いていたら、それが泥水でも飲んでしまうように・・・。
だけど、その先に出会ったと思った真実も人を苦しめるものなのだとしたら・・・。
一体、人間の生きている意味ってなんなの?」
その問いかけに、ソラもレイも返す言葉がなかった。
「・・・まあ、ぼくたちだって、同じようなものかもしれない。」
「同じようなもの?どこが?」
「ぼくたちだって、それぞれ村やお城や島の生活や仕事をすべて捨てて、マスターについていって、目的地のない冒険をしているじゃあないか。
そんなこと、少し狂ってなきゃできるものじゃない。
それに、十分に怪しむに足りる、疑うに足りる要素は存分に見つかるよ。
今までの旅でも、何度そうやって陰でうわさされるのを聞いた事か・・・。」
「でも、こんなに幸せな旅はないわ。
ずっとずっと一緒に居たい。」
「私もそう。
島での人生も最高だった。
だけど、この旅はもっと最高。」
「そうだね。
本当にそう思う。
怪しいことには変わりはしないけれども・・・。
だとしたら、僕たちと、彼らは何が違うのだろう。
やっていることは、同じ〈ムスビ〉に他ならないと思う。」
ソラは、歩きながら、ひたすら頭で考え始めたが、結局のところ、この世界に住む無数の人々からどのように判断されうるかということばかりを物差しにしてグルグルと考え込んでしまうのであった。
岩場を足掛かりにしながら、山を登ってゆく。
周りは草木だらけで何も見えない。
中腹にたどり着くと一気に眺望がひらけた。
遠くの街や里が小さく見える。
マスターは、すでにベンチに座って水を飲んでいた。
「トルテ国まであともいちょっとや。
とはいっても、数日といったところやけど。」
「数日・・・。」
ソラもウミもすっかりへばってしまっていた。
レイだけは、島で毎日駆けまわったり泳いでいたせいかピンピンしている。
「みんなに注意してほしいことがある。」
「はい。」
「まず、現時点での私たちの目的はただひとつや・・・。
あの国で苦しんでいるダイモンを持つ少年を救い出してくることだけ。
ええな。それ以外は考えないこと。
くれぐれも、『かの邪知暴虐の王を除かねばならぬ』などと決意するなかれ。」
「そんな・・・なぜ?」
「今の君たちがそれをやるにはあまりにも未熟すぎるからや。
同じ人間なんやから、心を込めて話せばわかると思うやろ。
説得できると思うやろ。
それが間違いや。」
「う・・・。」
「彼らは、〈対話〉ができる相手ではない、と言うことを知らなあかん。
四方八方からありとあらゆる論理で、君たちをねじ伏せてくるよ。」
「そんなもの、全部反論したらいいじゃないの?」
「そんなものどれだけやったところで焼け石に水や。
目的はただ一つ、どんな理屈でもいいので、相手に自分の言うことを聞かせるということやからな。
彼らは一見とても知性が高く、教養もあるように思われるかもしれへん。
しかし、すべてはトルテ王の本の受け入りにしかすぎへん。
彼らは、〈自分の頭でものごとを考えたり、疑問を持つ〉ということをせえへん。いや、出来ないようになってしもうたんや。
よくよく話すことを聞いてみ。
一様に金太郎飴のように同じことばかり繰り返すはずや。」
「・・・からくり人形や、操り人形ですね・・・。
なぜ、そんなことをしたがるのですか?」
「人間は自由な存在としてつくられている。
だけど、支配しようとする人間は、他人の自由を恐れとるんやで。
ペットであれば、人間の都合よくなついてくれるやろう。
だから、愛しやすい。
でも、人間は・・・そうはいかへん。」
「支配する人間は・・・人間を恐れているのですか?
自由・・・自由ってどういうことですか?」
「自由とは、自分で自分の在り方を決定できる、っていうことや。」
「自分で・・・自分の在り方を決定できる・・・。」
「自由は、自分自身で行動できるようにと、〈はじめのこころ〉に由来する力や。
自由な人間はもはや、他の誰からも影響されずに行動できるんや。
〈はじめのこころ〉が完全に自由なように、人間もまた自由な存在として生み出した。
そして、〈はじめのこころ〉は私たちの自由を望んでるんや。
だからこそ、私たちは最高にええものを選んで決断することが出来るんやで。
人は、善いことをすればするほど自由になれるんや。」
「じゃあ・・・でも、悪を選ぶ自由もあると言うことですか?」
「前にも言ったけれども、一見価値のあるように見えるものでも、それに依存し、縛られるようになると、私たちの自由を完全に奪ってしまうんや。
彼らは、自ら奴隷になる。
善良な人間はたとえ奴隷であっても自由や。
支配する人間、依存する人間は、たとえ王であろうと奴隷なんや。
自由な人間のみが善きダイモンと交わることができる。
支配しようとする人間は、支配しているようでいて悪しきダイモンに支配されとるにすぎへん。
今、我々が救わんとするのは、奴隷でありながら自由のダイモンを持った友や。
もし、彼が自由である決意をしなければ、我々は彼を救えへんやろう。」