覚醒
「ううむ・・・話ができすぎだ。」
「さっきのやつじゃ納得いかないか?
だったら、もうひとつでも見せてやってもいいぜ。」
「いや・・・いいよ。
ラウト、お前さんが俺に目を付けたわけはなんだ?」
「お前は、選ばれし特別な人間だから目覚める時が来たのだ。
だから、お前だけに特別な〈認識〉と力とを授けようと言っているのだ。
新しい世界を作るための特別な選びだ。」
「新しい世界?」
「この世界は狂ってると思わんかね?
少数の者が、多くの奴隷の上に裕福な生活を送り、一方では奴隷たちは憎しみの論理によって世界を転覆させようとしている。
このままでは世界は滅びてしまう。」
「ああ。間違いない。」
「この世界は、お前という人間を認めない。
狂った世の中だ。
お前は正しい。
間違っているのは、お前以外のすべての低俗な人間どもだ。」
「そ・・・そうなんだな。」
「ああ。お前は間違っていない。お前は何一つ悪くない。
悪いのはすべて真理というものを知らない家畜のような人間どもだ。
君だけが真の意味で目覚めた人間だ。
私の言うことにすべて従い、何でも言うとおりにするなら、
お前は自分の夢を何でも叶えることが出来る。
誰もが平和に暮らし、争いはない。
そして、お前をみじめに扱ったこのひどい世界を転覆させることだってできるのだ。
お前が認められる世界を作ることが出来る。
さあ、どうだ?
君が全世界からヒーローとして、救世主として崇められ憧れられる・・・そんな理想の世界を作らないか?」
「あ・・・」
「まあ、今のままでいいというなら別にそれでもいいんだけれどもね。」
ラウトは煽るように言った。
「分かった。ついていく、ついていくよ!」
ラウトはにやりとしたような気がした。
「ではこの契約書にサインを・・・。」
「私、ザッハ・トルテ(甲)は、汝ザワーク・ラウト(乙)と契約を結び、乙が甲を守護すると同時に、甲は乙に従います云々・・・。」
青年が署名をし終わった瞬間、まばゆい光がほとばしった。
ザワーク・ラウトの顔がはっきりと見えた。
「おめでとう。
ザッハ・トルテ君。
今日から君は選ばれし者だ。
見せてあげよう。
宇宙の真実の姿を!
そしてそれを自由自在に操ることのできる〈認識〉の船を!」
今いたはずの小さな部屋も床も全てなくなり、ザッハ・トルテは時間も空間もこえた無限の場所に連れていかれた。
それは、人類がいまだかつて見たことも聞いたことも経験したこともないビジョンであった。
ラウトはトルテに耳打ちして言った。
「君は前から見込んでいた通りだ。
やはり君は、この宇宙の皇帝として君臨するにふさわしい使命を負った男だ。」
「宇宙の・・・皇帝?俺が、か。」
「だから、君だけに宇宙の秘密の真実を解き明かしたのだ。
今君は真実を知る目覚めし者、選ばれし者だ。
君はこの真理を世界に伝え、この腐りきった世界を浄化し救済する大いなる使命を持っている。
やっと・・・お目覚めになりましたね。
ザッハ・トルテ様・・・。」
「な・・・?」
「ザッハ・トルテ様、あなたはこの大宇宙の根本存在にして、その上には何ものも存在しない至高のの存在。そして、法則そのものなのです。」
「い、言われてみれば・・・そんな気がするが・・・ううむ。」
「まだ、人間の姿を取っておられ、完全に目覚め切っておられないから無理はない。
あなたは、1000億年以上前から存在していたこの宇宙を統べる存在なのです。
その意識体のすべてが、今二億年ぶりにザッハ・トルテの肉体をもって、地上に降臨しおわしますのであります。」
「そ・・・そうだ・・・そうじゃった。〈私〉は、至高の宇宙皇帝、ザッハ・トルテ。」
ラウトの背後には無数の〈光の使者〉たちがその端が見えなくなるほどにまで現れ、トルテがめざめるとひれ伏してトルテをたたえて礼拝して言った。
「偉大なる宇宙皇帝ザッハ・トルテ様!
二億年ぶりのご降臨おめでとうございます!
あなたこそは全宇宙を統べる王の中の王です!」
そう言って、〈光の使者〉たちはトルテに太陽のように輝く冠と、黄金のマントを羽織らせた。
トルテは、360度見えなくなるまで彼らの存在が、自分にかしずくのをみて最大の高揚感を覚えた。
何と・・・何と気持ちのいいことか!
みんなが・・・この世界、いや、宇宙のすべての存在が、ただ自分がそこに何もせずにいるだけで自分を讃え、従ってくれるなんて!
世界広しと言えども、こんな体験をした人間は自分くらいだろう・・・
そして、わかる!わかるぞ!
手に取るように理解できる。
この世界の究極の姿や真理が。
そして、これまで人類が歴史の中で築き上げてきた叡智のすべてがまるで小人やミジンコのように見下ろせる。
ふふふ・・・この宇宙の諸相を知らずに、低レベルな暗黒の世界を盲目に彷徨っている人間たちの愚かさよ。
ザッハ・トルテは、宇宙全体の空間とその歴史をまるで小さな金魚鉢を手に取って眺めるようにまじまじと眺めた。
ああ!私という人間は何と偉大なのだろう!
いや、もはや私は人間ではなく、完全なる宇宙そのものなのだと自覚している。
私に不可能はない。