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道のともしび ~こころのトゲをいやす十のメロディー~  作者: ユウさん
ザワーク・ラウト
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ザワーク・ラウト

青年の目の前に現れた〈存在〉の顔をみることはかなわなかった。


その〈存在〉が他の人にも見えているのか見えていないのかすら、今や彼にとっては問題ではなかった。


ザワーク・ラウトはしばらく、青年の作品を手に取って眺めていた。


「君には素晴らしい才能がある。まさに正真正銘の天才ではないか!」


「いえいえ、そんなことはありません。」


「君は、自分の作品をけなされては怒り、褒められては否定するのか?」


そんな言葉をかけられたのは幼い時の出世のための訓練を除いては青年にとって生まれてはじめてであった。

青年は顔をあげた。


ラウトは訊いた。


「君はどうなりたい?

何を求めている?

私にはすべてを叶えてあげることが出来るよ。」


青年は、このラウトという存在が嘘を言っているわけではないことが分かった。


「お前は・・・何者だ。」


「私は・・・ザワーク・ラウト。

君が選ばれし特別な使命を持った存在であることを伝えに来たメッセンジャーだ。

今、何ものでもない君は、この国の・・・いや、世界の救世主として君臨するようになるのだ。」


青年の顔がはっとした。


「私は君の願望なら何でも叶えてあげることが出来る。

何の造作もないことだ。

まあ、ものは試しだ。

簡単なことでよいから何か願望を言ってみてくれ。」


「代償は?何をすればいい?」


「契約のサインをするだけだ。」

青年はどうせなら、とそれに乗ってみることにした。


「じゃあ、手始めに、金・・・金だな。

まずは、銀貨を三十枚ほど。」


青年は差し出された契約書にサインをした。


ラウトは「了解」と言って、目の前から消えた。


すると、空から何の変哲もない石ころが落ちてきた。


「持っているだけでお金持ちになれ願いが何でも叶う魔法の石」という紙が貼られていた。


「俺がこれを持っていればいいと言うことか?」


青年はそれをじっと眺めて過ごしていた。


すると間もなく、

ある男がやってきてその石に興味を持ち、譲ってくれという。

青年の作り出した作品には全く見向きもしなかった。


青年は言った。

「これは俺が貰ったものだ。

これを持っていれば、俺は金持ちになれるから、こんないいものをお前にやるもんか。」


すると男は言った。

「銀貨三十枚でどうだ?」


「まあ、いいだろう。」



男が去って行ったあと、青年ははっと気が付いた。


ラウトが現れて言った。


「どうだ?これで私の言うことを信じてもらえたかね?」


「なんだ。天からいきなり金が降ってくるのかと思ったら単なる石じゃねえかよ。」



石を買った男が戻ってきて言った。


「おいおい、ちょっと何だい。

この石っころ、よくみたらちょっと探したら見つかる程度のきれいな石というだけじゃないか。」


青年はぎくりとした。


「でも、あんたが言ってることは本当だったぜ。

俺は、あんたと同じやり方で銀貨60枚儲けてやったぜ!」


そういって、男は財布から銀貨の音を鳴らした。


よく見ると、その男は青年と近い年頃だった。


「なぜ、わざわざあんな石ころを買った?」


「・・・とにかく、何でもいい。

こんな街で、俺の気を紛らわせてくれるものが欲しかったんだ。

ハイにしてくれるものだったら何でもよかった。」


青年は、彼の話を聞くことにした。

「どうした。何があったんだ。」


「この〈世界〉から見捨てられちまったみたいでよ・・・。

何をしてもうまくいかないんだ。」


男は笑っていたが、その目はとても暗かった。


「まあ・・・飯でも食え・・・。」


青年は、男を自分の小さな住まいに引き入れた。


男は、青年の本棚にぎっしりと並ぶ本を見て言った。

「へえ、お前も俺と同じ・・・か。」


「どういうことだ?」


「エリートを目指して、そこから落ちぶれてしまったってこと。」



青年は、瞬間湯沸かし器のように激昂したが、男の胸倉をつかんで、「今すぐ出ていけ!」と殴る勇気もない。

全身の血液が沸騰するのを感じながら、平生を装う以外なかった。

彼は元来臆病者なのだ。


「でも、オレのみこんだところだと、あんたは何かしらの才能があるよ。」


「才能?」


「うまく言えないが、そうだな、なんというか、『描く』才能だ。」


「だったら、オレの絵はもっと売れていてもいいはずだ。」


「いや、そういうことではなくて、もともと何でもないものにリアルな意味をつけて人を動かしてしまうっていう魔法のような才覚さ。


お前の後ろに、ひょっとしたら、何かそういう存在でもついてんじゃねえの?


まあいいや。

あんたは少なくとも、オレの孤独を満たし、そしてオレを助けてくれた友人であることは確かだ。」


「そういえば、名前をきいていなかったな。」


「ああ、名前か。

ペペロン・チーノ。

主に法律だの経済だのを学んでいたが、わけあって、まあ、騙されたうえに勘当だ。


ああ、ちょっと疲れたから横になってもいいかな。」


そういうと、ペペロン・チーノは寝てしまった。



ザワーク・ラウトが現れて言った。

「どうだね。

君の願いは何でも叶うよ。

それに分かっている。君の願いを。


特別な存在として全世界から賞賛されたい。

最高の地位を手に入れたい。

使いきれぬだけの金を手に入れたい。

多くのきれいな女を自分のところに置いておきたい。


そういう事だろう。」


「・・・いや、そんな。」


「いやいや。

嘘はつかなくともよい。

それは人間であればすべての人が多かれ少なかれ持っているごくごく健全で当たり前の感情だ。

これはすべての人の夢であり人生の目標だ。

しかし、それを手にすることが出来るものは実に砂漠における一握りの砂ほどだ。


私だったらならせてあげることが出来る。


なりたいだろう。

いや、ならねば生きている価値はない。


君は誰よりも偉大で、誰よりも大きな事業を成し遂げ、誰からも愛され、崇拝され、賞賛されなければならない。

そうでなきゃおかしい。


そうだろう?」


「図星だな・・。参ったよ。」



「どうだ・

私についてくれば、君はすべてを叶えることが出来る。


まずは、金だ。

金を海水のごとく無限に手に入れることが出来る。


そして世界中の人々が君に憧れ、崇拝する。


人類史に輝かしい名前を残す偉大なものとなれるだろう。


更に、君は常人にはない、不思議な力を手にするようになる。

見えなかったものが見えるようになるのだ。


そして、世界を自由自在にコントロールできるようになる。

世界の人々は知らないところで動かされずにいることも知らず、君の思い通りだ。


全ての力や情報は君を通して、民衆たちに流されるのだ。」





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