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道のともしび ~こころのトゲをいやす十のメロディー~  作者: ユウさん
ザワーク・ラウト
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青年

話は、何十年も前にさかのぼる。


彼はバル・バコアの国に生まれ育った芸術家を夢見る青年だった。


青年はとても優秀だった。努力家であった。

はじめは世界一の智者になるべく、努力に努力を重ねていた。


子どもの頃から、彼は恐ろしいほどの長時間の訓練に耐えることが出来た。


そして、試験をすれば、街の中ではことごとく一番の成績であった。

また、そうでなければ生きた心地がしなかったのである。


しかし、ふと虚しくならない訳でもなかった。


「果たして、人生というものはこの世界だけで完結していいものだろうか・・・。」と。


すべてが出世競争のため。

人生の目的はすべてそこに向けられた。

そして、その先のことに関しては、全くと言っていいほど問われない。

いわば、生命よりも出世が重んじられた。


「もっと人間には違う何かがあるのではないだろうか。」


そう思っていた矢先に、出会ったのが芸術であった。

ティラミスという国では芸術が盛んで、そこから輸入してこられた彫刻や絵画の類に高値が付けられ、取引されているわけである。


芸術をやりたいと思いながらも、出世の道をひたすら歩まなければならない。

しかし、どうも彼はどうも出世の能力に関しては決して一番に成れぬことに気が付いた。


世の中にはどこまでも上には上がいる。


バコア随一の最高学府に滑り込んだものの、いくら日に夜についで努力をしたところで、越えられぬ壁ばかりがある。


しまいに、彼は前進する気力を次第に失ってしまう。

しかし、能力を超えて前進しなければ生きてはいけない、

いや、自分の生きている意味はなくなってしまうのだ。


彼は、かつては「一番」という地位をほしいままにしていたが、今となっては「平凡」、

いやそれどころか、底辺の「その他大勢」のうちの、ほとんどいてもいなくてもいいような一人にまで落ちぶれてしまっていた。


周りはみな、上級の官吏となりバル・バコアの中心部にある天を突くほどの巨大な塔に仕事場を構え、シャンデリアきらめく白亜の宮殿に住んでいる。

結局彼は、辺境の地味な下級官吏として最低限度の生活だけは保障されているという具合であった。


誰もが、彼の存在を忘れ去ってしまっていた。


いや、もっとひどいことに、彼を尊敬のまなざしで見ていた大勢の同じ年代の人々は、

落ちぶれた彼を上から見下して笑い飛ばす有様であった。


上流階級からの見下すような憐憫の視線。

それに、今まで見下し続けこき使ってきた奴隷に近い下層民からの「あれあれ」という視線。


幼い時から彼の出世のためだけにつぎ込まれてきた親からの巨額の「投資」と、あらゆる欲望を犠牲にしてきた努力とはすべてが水の泡となって消えた。


それで、親からも親戚からも彼は見放され、社会も彼を手放した。


明らかに自分よりも〈劣った〉者どもが、手練手管で世の中に評価される術を身につけ、運よく上に上にのし上がっていく。

それを思うと、夜も眠れないほどであった。


青年にとって、自分が何ら特別な才能も持たず、また世の中から評価されるべき輝きもないと言うことは、生きる価値のすべてをはく奪されるほど絶望的に思われたのであった。


しかし、まだ希望があった。

女。そう、女である。


彼には学府で知り合ったひそかに憧れを寄せていた女がいた。

はじめて、彼の人生の目的は出世よりも、その女を手にすることのように思われた。


しかし、その女は、彼を見下し笑うようなめて見ていた男になびいて行ってしまう。




いや、まだ・・・まだである。

青年には芸術が残っていた。


そうだ。

芸術だ。


青年は、特別で唯一の存在でありたかった。

特別で唯一の職業に就き、

独自性を普遍性にまで昇華し、突出した存在として、

そして、上流階級に評価され、伝説に残るものとなりたかったのだ。


青年にとって、欲しかったのは、才能や努力や生命そのものよりも、

名声と成功のみであった。


自分が天才であることよりも、それが公に評価されて売れて有名になると言うことが大切なのだ。


芸術も「生きる意味」も、評価されるための手段であった。


特別な存在として評価されること。


それが、彼にとってほぼ唯一の生きる意味なのであった。


しかし、青年のこれまでの人生のすべて、

一度たりともその願望が芽吹くことはなかった。


描いた絵も、掘った彫刻もことごとく見向きもされず、ほとんどゴミのように扱われてきた。


もっと、ひどいことに、

彼は自ら名声を作るため、自分で自分の作品を大量に購入してみせたり、

また、金をあげてまで自分の作品をばらまいて、評判を上げようとした。


彼が必死になればなるほど、

道行く人びとの反応は、ますます無関心そのものになる。


振りむいてほしいがために過激な作品を作れば、そうしたときに限って反応が来るのだが、

それは酷評であったり、嫌がらせでしかない。


青年は、認めたくなかった。


わずかでもこの現実を見てしまえば、発狂して死んでしまうだろうから。



「ああ、このまま自分の人生は、誰にも認められず、何一つ事業もなさず、名声も残さず、誰に記憶にも残らず、愛されることもなく、ただ消えてゆくだけなのだ・・・。


自分の人生など、所詮は、大会に魚が一匹はねて波を起こしたほどもない無意味で無価値なものでしかないのか。

いや、それはきっと誰でもそうだ。


しかし、そのことを悟っている自分はその意味において、あの出世に明け暮れた醜い成功者どもよりもはるかに優れて特別な存在ではないのか。

ああ、誰かこの天才的な自分を認めてくれる存在はいないものか。」


そうでも思わないと、彼はあわや発狂してしまうところだった。


描いても描いても、作っても作っても、それはブラックホールにチリ紙を投げ込むような・・・

砂の上に描いた絵が消えてゆくような・・・なんの価値も生み出せない、

そして自ら、一体何のために、何を作っているのか分からないほどであった。


自分を見てくれるものはいない・・・誰もいないのだ。


そして、そのことはつまり、自分のレベルが誰も理解できないほどあまりにも高尚で、あまりにも真実であるからなのだ。


青年の正気を支えているものは、狂気じみた傲慢さという一本の糸でしかなかった。


その糸が切れかかったある日のことだった。




「君の作品を見せてくれ。」


ザワーク・ラウトと名乗る〈存在〉が青年の前の前に現れた。











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