不思議な石
「飯でも食わへんか?」
マスターは、バコアの街にいる灰色の若者たちにあちこち声をかけて、自分たちが乗ってきた船に招いた。
ソラとウミは集まった彼らのおもてなしをしたり、共にいて話を聞くことにした。
レイもそれに加わった。
そこからは、いつもの通りだ。
灰色の青少年たちは、笑顔を見せ始め、生まれてはじめて人の温かさに触れる経験をしたと言わんばかりに生き生きとし始めた。
「明日からまた辛い日々が始まるかもしんないれど・・・ここで出会ったみんながいるなら、俺はもう少しだけ生きていけそうな気がする・・・。」
若者の中には、女の子もいた。
「辛い思いをしとる子たち、みんなおいでな。
疲れて休みたいんやろ。
ここでゆっくり休んだらええ。
ここは、休む場所や。」
女の子は泣き崩れたかと思うと、そのまま眠りについた。
ウミがそっと毛布を掛ける。
船の上は、家族のようでもあり、野戦病院のようであり、パーティのようであり、お祭りのようでもあった。
はじめは、数人だった灰色の若者だったが、
助けられた人が別の友人を無理やり連れてきて、マスターに出会わせた。
マスターは人に合わせて、語ったり、話をじっくり聞いたり、沈黙したりしていたが、
その場所の不思議な独特の温かい雰囲気が自然とそこにいる人々に喜びをもたらした。
「あー、なんだか、この船に乗っていると温泉に入ってるみたいだなあ。」
誰かがそう言った。
時間のある時は内海をクルーズ。
灰色の若者たちは、いつしか「灰色の兄弟」たちと呼ばれるようになり、奴隷のような仕事の合間でも互いに助け合い、信じあい、絆を深めていくようになった。
ソラは道端で一輪の黄色い花を見つけた。
「こんな灰色の街にでも花は咲くんですね。」
ソラは思った。
急にすべてを変えて行けるわけでもない・・・。
だけど、人はきっと幸せになっていけるちからがあるんだ。
そうして、灰色の街のなかをゆっくりと歩き回った。
相変わらず、喧嘩や悪口や憎しみの絶えない無秩序な街ではあったが、時折隙間風は吹いた。
そうして、歩いて行ったある街角で、ソラたちは一人の「不思議な術」を使う老婆と出会った。
「そこのほわほわした感じのおじょうちゃん」
とウミが呼び止められた。
「あなた、まるでお姫様みたいだね。
あんただけ特別に声をかけたのよ。
あんただけにえらばれた特別な運命を感じるわ。」
実際ティラミス国の姫であったのだが、彼女はそうと気が付かなかったらしい。
ウミは
「えー、うれしいなぁ」
と笑って見せた。
「そんなお嬢ちゃんにぴったりの石があるよ。」
そういって老婆は、青色の丸い石を取り出した。
「この石には不思議な力があるよ。
持っているだけで、嫌な人をひどい目に合わせることもできる。
お金が欲しいと思えば、どこからともなくお金がやってくる。
出世もできる。
恋人もできる。
運命が変わるの。
あなたの人生はこの石を持っているだけであなたの思い通り。
嘘だと思うかい?
ここにこれを手にした人の実際の体験が載ってるからね。
この機会を逃したら二度と手に入れられないかもしれないよ。
そうしたら大損だわよ。
チャンスの女神は前髪しかないからね。
もたもたしていたらもう二度と人生を変えるチャンスはなくなるの。」
「はい・・・。」
「おお、はいと言ったね!
おめでとう!
値段は銀貨百枚。
これで人生変わると言ったら安いものでしょう?」
「あの・・・」
「ん?なんだい?
疑ってるのかい?
これはね、ザワーク・ラウトというものすごい力を持ったダイモンのエネルギーが込められている石なの。」
「ザワーク・ラウト?
そして、ダイモンって、あなたもダイモンを知っているの?」
「おやまあ、あんたもダイモンの存在を感じられる人間だったのかい。
やはり私が見込んだだけあるよ。
この国のほとんど人間は、物質のみの世界で生きて居るが、異世界のパワーを自分の願望のために利用するということを知らん。」
「異世界の・・・パワー?」
「そうじゃそうじゃ。
それはなあ、契約をすれば自分の願望のために働いてくれる自動販売機や魔法のランプのような便利なものじゃ。
この国に生きているものは、この力の秘密をしらんので、毎日汗水たらして働いておる。
ところがじゃ、ザワーク・ラウトのパワーを知ったら、
わたしゃいつの間にか、こうやって座って話しているだけで、自動的に銀貨でも銀貨でも流れ込んでくるような美味しい生活になったわけよ。
すべては、この石を買ったことから始まったのよ。」
レイがのぞき込んだ。
「うーん、その石、そこらへんに落ちている石に色を付けただけなんじゃないか?」
「そう見えるかもしれないけれどね、
それは〈認識〉がある人が見れば、ものすごく価値のあるものなんだから!
効果も実際にあったのよ。
ほら、論より証拠!
おーい。」
老婆は、奥から人を呼んで、この石を肌身離さず持って、いぼが治ったり、うまくいった人の話を聞かせた。
「うさんくさいけれど、どうも嘘はついてないみたいね・・・。
本当にそんなことがあったみたいだし。」
治癒したことはどうも真実のようだった。
「別に出せないほどの金額でもないし・・・」
ウミは、「まあいいかな。」という気持ちで、つい財布に手をかけた。