災いの街。
あの美しい南の島とは、全くかけ離れた〈世界〉がそこには出現していた。
あの、牧歌的な小さな島と違い、そこには何万人もの数えきれないほどの人々がまるでアリの巣のようにひっきりなしに出たり入ったりして、窒息しそうだ。
まぶしいほどに明るい灯りに照らされた劇場がある。
映画館がある。
音楽堂がある。
裸に見間違うほどの露出に、けばけばしい化粧、キラキラのファッションをした男女たちが、際限なく絶え間なく馬や車を走らせ、歓楽の巷へと急ぐ。
新聞社や雑誌は誰もが飛びつくような醜い話題と噂を見つけるのに必死になって焦っている。
誌面は、詐欺、収賄、離婚、情死、殺人、強盗、そして、讒言と誹謗と反対者の攻撃に満ちている。
彼らにとって、人が苦しむ様子を見ることは快感であったようだ。
とりわけ、集団から外された者や、すこし人と違うものに対しては、正義の名のもとに徹底的に叩き潰す。
ゴールは死だ。
そして、ターゲットがいなくなればまた次のいけにえが探されることとなる。
それはこの国では最大の娯楽であった。
酒よりもゲームよりも一番興奮し、すっきりし、大笑いできる最高の遊びであった。
この国の全体にそうした風潮が黙認されていたので、誰しもがそれに加担していた。
なので、罪悪感というのは生まれようもなかった。
というよりもごまかすことに成功したのだ。
「何・・・なんなの・・・これは。」
レイはそれらを直視できなかった。
「ちょっとこんなところに居たら、頭がおかしくなりそうだわ。」
「うん。そうだね。少し、人気のないところに行って休むとしよう。」
少年少女たちは、暗い路地に避けるようにして入った。
酒屋から二人の酔っぱらいが出てきた。
そして、何か女のことで言い争っている。
お互いに、互いのあらん限りの悪口と呪いの言葉を投げつけながら、取っ組み合う。
喧嘩はますます激しくなり、ついに一方の男が、懐からナイフを取り出し相手の腹を一刺し。
加えて、二度、三度、四度と。
鮮血がほとばしり、倒れた肉の周りにほとばしる。
警察が来たのは、通報からだいぶ時間がたった後であった。
一人は警察へ、一人は病院へ送られる。
三人の少年少女はがくがく震えながら後を追ってみてみることにした。
監獄も病院も人であふれかえっていた。
「助けてくれ!」
「こんな世の中が悪いんだ!」
「許せない!」
そんな呻きが建物一杯に飽和していた。
それを淡々と処理し、虐待同然の扱いを加えて管理する、仮面のような顔をした看守たち。
「この人たちは、知性がないからこうなってしまったのよ。
そう、頭のいい人たちが集まるところに行きましょう。」
レイは、大学と言われるところを探し当てた。
「ここが、バルバ・コアの国で最高学府ね。
世界のトップの知性がここに集まって、きっと世界をより良くするための研究に励んでいるはず。」
ウミは希望を見出すように大学に入って行った。
一人の学者が実験室にこもって、夜中遅くまで試験官を覗き込みながら研究を続けている。
「ああ、すごく熱心ね。尊敬しちゃうわ。」
三人はその姿に見とれていた。
彼は、おもむろに試験官を手に取って光に透かして微笑んだ。
「すごい!いったいどんな発明ができるんですか?」
少年少女たちは目を輝かせながら研究者に聞いた。
「おう、いいものが出来たぞ。
これが成功すれば、オレのところに金貨が何千枚と入ってきて、一生楽に安泰に暮らせるぜ。」
「それはすごいですねえ。
いったいどんなものですか?」
「教えてやろう。
一度に何万人もの人間を苦しみぬいて殺すことのできる毒ガスだよ。」
「・・・毒ガス・・・。」
研究者が振り返ると、少年少女たちは姿を消していた。
「人間の知性や学問というものはそんなもののためにあるの?」
「もう、街にはいられないね。そうだ、海でも見れば落ち着くよ。」
港の入り口には造船所があった。
「わあ―大きな船!」
少年少女たちが口をぽかんと開けて真っ黒な鉄の船を見つめている。
「この船はな、戦艦だ。
近い将来、このバコアの街も強大な侵略者が来るとも限らんからな。
金貨何千枚もかかっておるのだよ。」
作業員たちは、何千人も殺せる機械の整備のために夜を徹して作業をしている。
作業の効率が遅れるとすぐに、怒鳴り声が飛ぶ。
「ちんたらやってんな!このアホ!」
この恐ろしい社会が成り立つために、何百万人もの人間が生き延びるギリギリの賃金で、奴隷のように働かされている。
その生活は、刑務所も、病院も、工場も、船の上も、学校も大学も同じような有様で、それは人間のものというよりも禽獣に近かった。
その奴隷のような人々の中の一人が立ち上がって全員に呼びかける。
「みんな手をつなごう。
協力しよう!
そして、この国の俺たちを苦しめる悪い支配者たちをぶん殴ってぶっ殺そう!
みんなが平等な新しい世界をつくろうではないか!」
ワーワー!
と泥まみれの人々が賛同する。
ウミはつぶやいた。
「気持ちは分かる・・・分かるよ。
でも、でも、本当にそんなやり方でいいの?
それ以外に方法はないの?」
リーダーは続けた。
「そのためには、まず古いもののすべてが破壊つくされなければならない!」
そう言って、彼らはこの街にある何百年、何千年もの歴史をもつ美術品や建造物などに火をつけたり、爆破して回った。
そのうち、あるものは警察に逮捕され、拷問を受け、
あるものは、味方同士で殺し合いを始めるようになった。
どこを見ても、人の心は憎悪と嫉妬と、快楽のみをひたすら満たすことのみに満たされていた。
「・・・ここは・・・
ここは、悪魔の住処よ。
穢れた空気がどこもかしこも円満しているわ。
災い、災いよ。
人間の叡智を凝らしてつくった文明の最高峰がこれなんて。」
「なぜ・・・?なぜ人間はこんなにまでなってしまったの?」
ウミは涙を溜めながら言った。
「どうせ死ぬんだ。それで終わりさ。
俺たちの人生は、ただ奴隷として生まれ、こき使われた挙句、死んでいく。
希望なんてない。
誰も悲しむ人はいない。
喜ぶ人はいるだろう。
何事もなかったように、この街は淡々と、歯車で俺たちを巻き込んで殺していきながら、
果てしない行く先の分からない成長だけを続けて、
戦い争い奪っていくのだ。
慰めなどない。
どうせ同じ死ぬんだったら、今死んだほうがいいんじゃないかと思うんだ。」
街のある男はつぶやいた。
そして、このつぶやきは、この男だけでなく、街にたたずむ誰もが思っていたことなのだ。