バル・バコアの街
マスター、ソラ、ウミ、レイの四人を乗せた船は、再び陸地に近付こうとしていた。
「うわあ。なんだあれは。
数えきれないほどたくさんの高い建物ですね!」
ソラが叫ぶ。
「それに・・・あの塔・・・どこかで見たことがある。」
ウミが、よく見ていた巨大な塔と似たような塔が近くにそびえたっていた。
黒い塔の周りには、ブラック・サンダーが轟いている。
「・・・これが、そとの世界なのね・・・。」
レイは、驚きを隠しながら、興味深げにじっくりと観察する。
「ここは、バル・バコアの国。
本当は、入ってほしくないというところが正直なところやけども・・・このことは必要なことやから、見ておくがよろしい。」
バル・バコアの港に船をつけて、街の中に踏み出す。
そこはひっきりなしに人が入り乱れる大都市であった。
光り輝く看板が至る所にあり、街路樹の下にはゴミや汚物が散らばっている。
人間たちは無秩序に騒ぎ、
路上には、目がとろんとして座り込んでいる人々が溢れている。
群衆は、一度はそれをちらりとは見るが、過ぎ去ってゆく。
「みんな、一人で行動するなよ。
いつ、ものを盗まれたり、騙されたり、さらわれたりするか分からへんからな。」
マスターは注意を呼び掛けた。
「・・・たしかに、街はきらびやかで栄えている。
でも、誰も幸せそうな顔をしている人はいないわ。
みんな、暗くにごって死んだ目をしているわ。」
ウミは町の人びとを見て、そう思った。
通りではいつも怒鳴り声が聞こえている。
誰もが、面倒ごとに巻き込まれないように、自分を守り、殻をつけて通りを歩いてゆく。
誰もが、先の分からない不安のなかにいるようで、果てしない競争の中でずり落ちないように、自分をただ守ることで精いっぱい。
街中の喧騒の奥には何か一つの空しさや寂しさを感じる。
そして、その空虚さをごまかすための無限に満たされない刺激と快楽を提供する施設というものがこの都市には溢れかえっていた。
そして、そこで多くの金が湯水のように消費されてゆく。
酒場、心地の良くなる薬や、多くの遊びが絶えずこの都市にはあふれていた。
誰しもが、中身のない人形のような人間になっている。
全てに退屈して、まるで都市じゅうがため息で飽和している。
夢などは見る余地がないのである。
ワクワクすることも何もない。
笑うことや楽しむことをすっかり彼らは忘れてしまっている。
夜空にかかる星をみても、新しい人を見ても何とも思わない。
まるで、ゾンビのように心の鼓動を失ってしまっているのだ。
彼らは毎日毎晩、生活のためだけに辛い労働に縛り付けられ、営々と牢獄のような時を贈る以外にない。
人生の目的?
それは、他人から少しでも良く思われることと、すこしでも多くの人から人気をもらえることと、
少しでも他人よりもお金を持っていること。
それが人生のゴールである。
それを得るために、遠くへと近くへと走り回って、ありこれ策略を巡らし、怒り、焦り、他人を陥れ、
結局は落とし穴に落ち込む。
怒り、泣きわめき、歯ぎしりを繰り返す。
そして、原因はいつも「悪いあいつのせい」。
彼らにとって人生とは、病院のベッドの位置が多少日当たりが良くなるのを望んだり、死刑囚に与えられる飴の量が若干増えることを求めるのと同じようなものだったが、彼ら自身はそのことに気が付かない。
男も女もただ、欲望をみたしたいとか、自慢したいとか、寂しさを埋めたいとか言う自覚もなく、
その欲求を愛なのだと思い込み、磁石のように引っ付いてゆく。
そして、相手が自分を幸せにしてくれると期待を繰り返す。
それが裏切られると、互いに互いを激しくののしり合うのだ。
そして、誰もが孤独を抱えている。
なぜだ、なぜだろうかと、ソラもウミもレイも考えた。
「生きるうえで大切なことを教えておいてやるよ」
街のある「教師」は語った。
「これは、大切なことだから、子どもにも幼い時からしっかり教えなきゃいけないことだ。
まずは、家庭の存在。
家庭は小さな洗脳機関だから大切にする必要はないし破壊された方が良いのだ。
そもそも、親も兄弟も赤の他人だ。
人は信じるものではない。
友人というものはギブアンドテイクを大切に。利害関係で利用するものだ。
夫婦という形も時代遅れだ。愛人をたくさん作ればそれが社会的ステータスだ。
嘘が使えると言うことは褒められるべき高度な戦略だ。
困った人が居ても助けるな。
いらんことをして面倒にするな。
自分だけよければそれでいい。
手に汗して働くことは恥ずかしいこと。
働かなくても、人に頼ればいいし、いざとなれば盗んだり、騙したりすればいい。
生きるためには人から盗む。
そもそも、ほっとくと盗まれるのだから。
バレずに、盗んでカネを儲ける方法を考えることが一番大切だ。
大切なのは知識を蓄えるものではない。
勉強などして何のメリットがあるのか?
今を楽しく生きた方がはるかに善い。
法律や決まりごとなど守る奴はバカ。自由な社会が一番。
そして、
自分の欲望が、一番大切だということ。
世界は、自分を中心に回っている。」
「え・・・?」
「はあ・・・?」
「私は間違っているだろうか?
何か間違ったことがあったら言ってほしい。」
「・・・全部、間違ってると思います。」
「そりゃ、おかしいのはお前の頭の方じゃねえか?」
彼は、鼻で笑った。
「いい子ちゃんですね。
そんなことを信じていたら、真っ先に食い物にされちまうよ。」