島を離れる。
マスターは、島の中でも楽しい話で人々を盛り上げた。
病気を治したりという奇跡は起こす必要がなかった。
というのも、彼らはほとんど病気にかかることもなく、かかったとしてもすぐに治ってしまうからだ。
「ここにも、かたちは違えどやはり〈はじめのこころ〉が生きてはるな。
私たちの多くは、〈ツカミ〉によって〈はじめのこころ〉に到達しようとして、ある程度まではその影を認識することが出来る。
しかし、結局のところ、それは〈ツカミ〉を超え出ているため、フライパンの上にクジラを乗せようとするような滑稽なことになってしまう。
一方、この島の人びとの多くは、〈ツカミ〉をそこまで重要視することはない。
そのかわり、彼らの生命は実にゆたかに〈ムスビ〉のうちに生きとるわ。」
「そうなのよ。」
レイが言う。
「島の外の人々の問題にせよそう。
ある人は、いるかもしれないといい、
ある人は、いないという。
ある人は、それは分からないから関わるべきでないという。
ある人は、まったくとんちんかんな説を信じている。」
「このことは、〈はじめのこころ〉や〈ほんとうのこと〉についてもいえるかもしれへんな。
目に見えること、実験や観察で確かめたことしか認めず、世界のすべては物質で説明できると思っとる人びと。
次に、疑う人。人間の〈ツカミ〉の力は、一歩もこの世界の現象の外に出ることがでけへんのやから、諦めて、結局わからへんままほおっておく。
そして、一方では、全く〈ツカミ〉を放棄して、現実から目をそらし、独りよがりの宇宙をつくりあげてしまう人もおる。
それに対して、素直に〈ツカミ〉を出来る人は、目の前に確かに存在する宇宙のあり様から推論して、〈はじめのこころ〉の存在を認めざるを得ないというわけや。」
「ほおー。」
「人間にはしっかり〈ツカミ〉をできる能力がある。
〈ツカミ〉の価値を肯定せなあかん。
〈ムスビ〉の大切さをいかに説いたとしても、そのために〈ツカミ〉をどうでもいいものとみなすことはできへんで。
〈ムスビ〉もたいせつであるように、〈ツカミ〉もこころをしるための大切な宝物やで。」
一同は、深くうなずいた。
「〈ツカミ〉を捨てなきゃ、〈ムスビ〉には至れないものかと思ってた・・・。」
そうレイは胸をなでおろす。
「どちらも大切なんですね・・・。」
「〈ムスビ〉にも正しい道を示すものと、そうでない道に誘惑するものがあるで。
それがどういう性質を持たねばあかんかと言うことについて話そう。
一つ目が、その〈ムスビ〉は〈ツカミ〉を超え出たものではあるけれども、〈ツカミ〉と矛盾せえへんこと。
二つ目が、その〈ムスビ〉のために、人を傷つけたり、支配したり、人間を大切にしないことがあってはあかんってことや。
三つ目が、〈ムスビ〉はいつでもどこでも誰にでも当てはまるっつーことや。
それが昔でも今でも、どこの国でも、時と場所のいかんを問わず、根っこにおいては何も変わらへんものやとすると、時代や国によって変わることがあったらあきまへん。」
レイが口を開いた。
「マスター、私もあなたたちと旅をしたい。
この広い世界を見てみたいの。いい?」
「いいよ。おいで。」
マスターは言った。
レイは島のみんなのほうを振り向いた。
家族のように仲が良かったみんなが涙を見せながら手を振ってくれている。
「レイ、お前はこの島で初めて外の世界に行く人間じゃ。
不安なことはなんもないぞ。
このマスターさんと一緒だったら、たとえどんなことがあろうとも、大丈夫だと信じておるよ。」
島が少しずつ離れてゆく。
島のみんなは見えなくなるまでずっと手を振り続けている。
レイの目から思わず涙がこぼれる。
それは、ウミもソラも同じことだった。
「すごく素敵な島だったね・・・。」
「うん。」
「旅を終えて、また、必ず戻ってこよう。」
「さよなら、プリン島・・・。」