〈気付き〉と出会い
島では、あの議論が繰り広げられていた。
すなわち、海の向こうに別の島や大陸がありそこに人がいるか否やという問題であった。
多くの人が、
「ないにきまっている」
「あるかもしれない」
「わからない」
もしくは、想像上の、おそらくはその人の願望を投影した姿が語られた。
あの少女だけがひとり、「確実にあるはず」と主張してやまなかった。
マスターとソラとウミは、少し離れたところにいて、この話をニヤニヤしながら聞いていた。
「あはは、私たち、島の外からやってきたのにね。」
「いつ、この人たちに打ち明ける?」
「まあ、話す人は選んだ方がええやろうな。
というのも、いきなり私たちがそうだということをばらしても、気が付かないか、受け入れない人が多いやろうしな。
受け入れない人に、無理に自分たちの正体を伝えても混乱をもたらすだけやからな。」
「なるほど。
じゃあ、あの女の子がいいわね。
いつ、どのタイミングがいいかしら。」
「時機をまとうや。」
「そうですね。」
「ところで、私が示したい道についてや。」
マスターは、いつになく遠いところを見て、輝く顔をして語り始めた。
「私たちの住んでいる〈世界〉も、この小さな島と変わらないとしたらどうする?
もしくは、このようなたとえを考えてみよう。
生まれてから今まで、一度も暗い部屋を出たことがない人がいたとするで?
部屋は真っ暗で、その人は一度も自分の体を見たことがない。
ただ見えるのは、〈不思議な窓〉。
その窓の中にからは、様々な広大な世界が見える。
自分が指を動かすと、その窓の中にある小さな人形も動く。
走ることも飛ぶことも戦うことも自由自在だ。」
「そんなことがありえるの?」
「細かい設定はええねん。例えばの話や!
その人は、その窓の世界しか知らん。
そして、その不思議な窓には、別の小さな人形があらわれて、その人とあれこれ話すこともできる。
やから、暇や寂しさは特に感じへん。
そして、その不思議な窓こそが、自分と世界やと思っとる。」
「なるほど。そうかもしれないわね。」
「ところがや、その人がある日、真っ暗な部屋で、不思議な窓の後ろ側を振り返ってみたんや。
そうしたら、少し光が漏れてる。
その人は、光を見るんがはじめてやったんや。
その光を見た時それが何か分からず思わず目をつぶってしまった。
けれど、じきに慣れてきて、その光の先にあったドアを開けて、本物の太陽が照っている世界に出ることに成功したんや。
そこは、はるかに広くて明るい世界が広がっていた。
そして、その人は分かったんや。
あの不思議な窓の後ろに取り付けられている魔法のからくりや、本当の世界の姿を。」
「ひえーーー。」
「じゃあ、次にその人はどうすると思う?」
「二度と暗闇の部屋に戻らないか、それか、暗闇の部屋にいる仲間を外の世界に連れ出すことかな。」
「うむ。
後者の場合をとるなら、どうするね?」
「いきなり、引っ張り出すと混乱するでしょうから、少しずつ光に目を慣れさせます。
そして、徐々に外に連れ出していきます。」
「ところがや、本当の世界を知ってしまった人に対して、箱の中の世界しか知らん人たちはひどく反発を感じ、笑ったり、怒ったり、のけ者にしようとするねん。」
「ううむ。
みんなが気が付いてくれたらいいんですけれどもねえ。」
「そう、そこ。気が付くって言うのはめっちゃ大切な点やで。
誰にももともと、目はあるねん。視力もあるねん。
その気になれば、誰でも本当のことに気が付くことが出来るはずや。」
「でも、気が付かなったり、分かろうとしないのはなぜですか?」
「それはな、認めてしまうと、生き方をかえへんとあかんくなるからやな。
それが怖いねん。
・・・この島の人々も同じや。
『わからないからどうでもいい』というのは、物事を単純に捉えすぎなんや。
この島だけじゃなくて、この世界に生きる人びとについてもそうかもしれん。」
「この世界に住む人びとも・・・?」
「過ぎ去って行くすべてのものの奥にある永遠なるものと言った。
私は、その秘密について開いて示したい。
全ての存在を・・・無から有へと、すべてを生み出し、今もなお想像もつかないほど果てしない大きさの世界から、物質でないほど小さい世界までも、支え、行きわたっている〈はじめのこころ〉・・・。
このことは前にも語ったな。」
マスターは風に身を受けながら語った。
島の海岸は、絵の具のにじんだような赤に染まって、それは次第に紫になり、黒のなかから一点一点と宝石のような輝く星たちが増えてゆく。
引いては返す波の音はずっと聞いていて飽きることがない。
マスターは、一本のろうそくをともした。
そして、二人にもそのともしびを分け与えた。
しばらく、三人は、波の音を聞きながら沈黙を保っていた。
その波の音に乗せて、ふたたびあの〈うた〉が風に乗って、三人の耳に流れてきた。
あの少女だった。
少女は、ひとり崖の上で星々に向かって〈うた〉を捧げていた。
マスターはソラとウミのほうを一瞥して、自分も歌い始めた。
それはあの時に聞いた〈うた〉だった。
ソラとウミもそれに続いた。
彼らは、腹の底から何かふれんばかりのものを感じ、ダイモンが舌を動かすに任せた。
四つの歌声は見事にハーモニーとなり、その空間一杯に鳴り響いた。
その〈うた〉は風に吹かれて、空のかなたまで流れていった。
きっとこの〈うた〉もどこかの誰かがどこかで紡ぎ、風に乗せて流したものだったのだろう。
彼らのコーラスに星々が合わせたのか、星々のコーラスに彼らの歌声が合わせたのかは分からない。
それは、きっと誰もが知っている宇宙の〈うた〉にほかならなかった。
三人は、崖の上の少女にゆっくりと近付いた。
少女はそれに気が付いていたという様子で、うれしそうに歌い続けた。
そして、笑顔とともに、その目からは涙が零れ落ちる。
それを見た、ウミもソラも不思議ななつかしさと、そして、なにか大きな毛布のようなものに包まれている気がして、あたたかい気持ちになっていった。
歌いながら思わず涙が零れ落ちていく。
そこにいる誰もが、何か大きな、どこまでも優しい力が自分のそばにいて、抱きしめてくれていることを感じていた。
その暖かさは、海のようにあまりにも圧倒的なものだったので、誰もその暖かさに対して返すべき努力や言葉の一つすらも見つからなかった。
「〈あなた〉は・・・!〈あなた〉は・・・そう、知っているの。
たしかに、私はよく知っているの。
だけど思い出せない。
〈あなた〉の言葉をこえた〈ことば〉だけが、本当の言葉。」
「これが・・・知らないことも知らない世界だ。」
「知らないことも知らない・・・世界・・・」
「私たちはみなそこから生まれ、そこからまたそこへと戻っていく。」
それは、どこまでも自分たちを驚かせ、喜ばせ、生命を新しくし続けてくれるものだとソラは思った。