〈こころ〉の使い方
「〈こころ〉の持つパワーというものを、『魔法のランプ』や『自動販売機』のように捉えることだけはやめてほしいねん。
今この世界では、多くの人々が、そのような自分に都合のよい出し入れ可能なエネルギー、万能の道具としてそれを利用しようとしとるけれども。」
マスターは、少し険しく、また寂しそうな顔をしていた。
「親は子どもがお菓子が欲しい、遊び道具が欲しいと叫んで泣き付いたら、確かにあげる時もあるやろう。
やけど、もし、子が欲しがるものを際限なく与えまくるような親はいい親とは言えるかね?」
「いいえ。
そんなことをすれば、子どもが自分では何もできない、わがままな人間になってしまうでしょう。
それに、もし、親が子の言うことを聞かない時があれば、子は癇癪を起して、親を怨むようになるかもしれないですね。
なんで、オレの言うことを聞いてくれないんだ、と。」
「そう。
巷で使われている欲望を叶えるための目に見えない能力なんて言うものは、ダメ親と同じ・・・。
口では理想や甘いことを謳いながら、結局は人間を依存と支配の関係に落とし込む。
いいかい。
ダメ親は、親の振りをする。
ゴルゴン・ゾーラは親を偽って近寄る。
愛を語りながら、劣等感を植え付ける。
そして、どうにかして本物の善き親というものを遠ざけようとするんや。」
「ゴルゴン・ゾーラって?」
ウミが聞く。
「〈はじめのこころ〉からすべてが生み出された。
そして、それは自由としてあった。
やけど、自由をいいことに、そのなかで、『俺こそが世界の中心や』と思おうとした奴がおってん。
それが、ゴルゴン・ゾーラや。
人間がな、この世界で生きる役目は、〈こころ〉を磨いて大きくしていくことと、自分と他人との〈こころ〉に刻まれた〈はじめのこころ〉のイメージを発揮していくことや。
そして、この世界を、その〈はじめのこころ〉にかなうものにしていくことやねん。
それは、シンプルなことで、自分を〈たいせつ〉にして、すべての人をも〈たいせつ〉に扱うということ。
文明はすべて、〈はじめのこころ〉から離れたらむなしいものになる。
ゾーラは、この世界に直接は手出しできへん。
やから、人間の〈こころ〉を通して、こう語りかける。
『人間をがんじがらめにする〈こころ〉に刻まれた生き方のルールから解放してやる。
君の意志、君の欲求こそがすべての中心なのだ。』
もし、人類が、その中心や目的を忘れたら、ゾーラは巧みにうぬぼれた人の心にささやく。
『お前こそが世界の中心だ。』と。」
「・・・なるほど。
歴史を学んだことがあるけれども、たくさんの文明が起こっては滅びてきたけれど、結局はすべて自滅だったわ。
すべての文明が花開き偉大になる時には、必ず大きな理想があった。
人間が正しく生き、互いに助け合い信じあうようにと。
でも、それが心を忘れ、形だけになって、自分中心的で、今さえ楽しければいいじゃないかという風になったら、崩壊の時期が到来した・・・。
文化的な努力が、〈はじめのこころ〉とともにあるうちは、ゾーラは関わることはできないけれど、
いちどこの目標を見失ったが最後、ゾーラは人間を否定し、かき乱し破滅に引きずりこむのね。」
「ソラ、ウミ。
真の幸せは、互いに〈たいせつ〉にすることと、信じゆだねることの中にある。
もっといいものがあるという誘惑に陥らへんように、いつも〈はじめのこころ〉やダイモンにコンタクトを取ってほしいんや。」
「わかりました。
でもどうやって。」
「子どもが、お母さんやお父さんに甘えるようにやればええで。
『いつもおおきに』『ぜんぶよろしく』ってな。」
「ぜんぶよろしくって・・・そんなのでいいんですか。」
「あとは、『助けて』『たのむ』『おおい!』とか。
『ごめんなさい』『許してください』もね。」
「そんなシンプルでいいのね・・・。
私もやろっと。」
「そうそう。
そんなごちゃごちゃ言わんくたって、〈はじめのこころ〉やで?
そんくらい、何でも言わんでもわかっとるがな。」
遠くに目をやる。
ブラック・サンダーの鳴り響く塔は心なしか、以前よりも近くなっている。
「あっちに誰かいるの・・・?」
ウミが聞く。
「悲しみや苦しみや呻きがあるところに、私たちは行くねん。
そして、それを全部喜びに変えていくきっかけのパワーを注いだんねん。
そして、そいつにも私の手伝いをさせる。
ええやろう!」
マスターは笑っていた。
しかしソラは、胸のあたりに重いものを感じていた。
できることなら、避けたかった。
「きっと、自分も傷つくかもしれない・・・面倒なことに巻き込まれるかもしれない。」
でも、マスターが行くというなら、お供しなければ・・・。