〈こころ〉とあたま
川を下る船の中で、ウミは訊ねた。
「ねえ、マスター。
私たちの〈こころ〉とあたまの関係について教えてほしいの。
王宮の先生は、〈こころ〉をつくりだしているのは、あたまだと教えてくれたのだけれども、でもやはり、不思議なことが残るの。」
「あたまは、〈こころ〉にとって、とても大切や。
いや、あたまだけでなく、身体全体、そして内臓も〈こころ〉と密接にかかわっている。
〈からだ〉は、〈こころ〉からのメッセージを、あたまで考えるよりも正確に伝えてくれる。
まずは、〈からだ〉の声に耳を傾けることが大切やな。
〈こころ〉と〈からだ〉は別々のものとして結合しておるわけではない。
分かちがたく密接に結びついておるんやで。
〈こころ〉の調子が悪ければ、それは〈からだ〉にも現れ、
また、〈からだ〉の声を抑えつけていると、それは〈こころ〉にも現れる。」
マスターは、まるで医者のように詳しく人間の身体に関する説明をしてくれた。
それだけでなく、それらの部分を単に集め合わせただけでない、総合的な人間というものの存在の神秘の素描を示してもくれた。
「〈からだ〉と、〈こころ〉と、〈ことば〉。
知識と情念と意志。
感情と思考とイメージ。
これらの三つが善く整えられて一つになっとることが一番力強く生きていける状態やで。」
「なるほど。」
二人は、マスターの言葉を刻み込んだ。
「たしかに、〈こころ〉は〈からだ〉や〈あたま〉と密接に関わっとる。
やけど、〈こころ〉は物質的な見方からは決して説明できない。」
「じゃあ、マスター、〈こころ〉をつくったのは、誰?
人間はどこから〈こころ〉を手に入れるの?
私たちの両親がつくったの?」
「ウミ、君の両親がいくら君を愛しているからと言って、君の髪の毛や爪の長さまですべてしっているというわけではないやろう。
それに、君の親と君の存在は全く違う。もちろん似てるところもあるけどな。
〈こころ〉は、両親から『生み出される』たぐいのものやないで。
〈こころ〉は直接〈はじめのこころ〉によって形作られる。
人間の〈こころ〉は、物質の結合の産物であるとか、父と母の関係の結果やないで。
全ての人が、世界でたった一つの『あなた』『じぶん』としてこの世界に誕生するわけや。
土から生まれた〈からだ〉や〈あたま〉は、この世界で数十年もしたら、再び土に還るやろう。
やけどな、〈こころ〉だけは滅びへん。
人は再び、その〈こころ〉を手にする。
やからな、人間に〈こころ〉があるということは、『あなた』はたんなるモノやないってことや。
人格としてあるってことや。
そして、〈はじめのこころ〉と終わることのないかかわりに呼ばれとると言うことや。」