〈こころ〉のつながり
「マスター、それにソラ。
この国に来てくれて、そして出会ってくれてありがとう!
心から嬉しく思います。」
ウミがそう語ってくれるだけで、ソラは何とも言えない暖かさと喜びを感じた。
この瞬間だけは、何ものにも代えられない、人生に刻まれるべき黄金の刻なのだ、と。
ウミが、ソラの手を握り、目を見つめあいさつと礼を心を込めてしてくれる。
その他すべてのことは忘れ、ただこの幸せのみが、人生の真実なのだとはっきりと感じ取った。
「いったい、どれほど多くの人々が同じようにこの姫に〈特別扱い〉されたのだろう。」
そんな気持ちが一瞬よぎったものの、今この瞬間だけはウミがソラという一人の人間のことだけを〈特別に〉―「何万人もいる人々のうちのひとり」としてではなく、「世界にただ一人のこのソラという人」としてまっすぐに、友として接してくれているのだ。
ソラは姫に自分の名前をしっかりと覚えてもらったことで、何か自分が特別な存在になったように思えた。
実は、ソラはマスターも、人間というものに同じように接してくれていることを知っていた。
ウミは姫と言うこともあり、誰もが知り、憧れる有名なアイドル的な存在であったが、
一方、マスターは表舞台に出ることを避け、顔も知られたくないようだった。
しかし、有名であることや身分は、ソラの出会う喜びとはさして関係なかった。
「こんな素晴らしい人たちのそばにいて、話ができるなんて。
ぼくは、なんて幸せ者だろう。
誰と較べるでもないが、きっと、出会うべくして出会ってくれたに違いない。
ぼくのために。
ただ、この空間に居るだけで、ぼくの人生は、生命は、変容しつつある。」
そう、自然に感じることが出来たのだ。
「ああ、ウミ姫。
この人の敵になれる人がいようか?
この人の前で、いかなる恨みや不幸が存続し得ようか。」
「マスター、その話の続きを聞かせて。」
ウミ姫とマスターは、まるでずっと前からの友人同士のように語り始めた。
「ウミはね、思うのです。
なぜ、この世界にはあまりにもたくさんの性格の人がいるのかしら、と。」
「身体にせよ、目や舌や手足が分かれているように、それぞれこの世界にとって、その人にしかできない大切な役割があるんやで。」
「その人にしかできない・・・役割。」
「せや。
手は足にはなれへんし、目は目にしかなれへん。
そして、それぞれ、自分らしく、自分の役割を精いっぱい果たしながら、一つの身体としてバランスを保って調和しとるんやで。
それも、互いに交わり、関係を持ちながら・・・。
機械の部品のようにではなく、だれか一人の小さな働きでさえも、深いところで、全体の生命に響いとるんや。」
「互いに交わり、関係を持ちながら・・・」
「ソラ、それにウミ・・・それにみんなや。
全ての人が、この世でひとつだけのかけがえのない存在なんやで。
私たちが、今、こうしてここで出会い話ができる確率は、何億、何兆、いやそれ以上分の一。
そして、あなた一人が存在するためには、両親二人をさかのぼって、そのまた親が四人、その上に八人・・・さかのぼっていくと、星の数ほどの多さになる。
もし、その星の数ほどの人の一人でも何かの拍子に欠けとったら・・・あなたは存在していなかったことになるんや。」
「本当だ・・・」
「人の人生なんて、一体何なんだろうと、よく思ってむなしくなることがありました。
ただ、気が付いたら生まれて、よくわからないままこの世界の小さな一部になるか、あるいは何ものにもなれないまま、ほとんど何ら生きた証を残すこともなく、忘れ去られて、誰からも気に留められることもなく、水滴のように消えてゆくだけなのだと・・・。
私たち人間の一生など、長いように見えて、砂時計が落ちてゆくようにあっという間。
生まれたかと思えば、日々を漫然と過ごして、あっけなく死んでしまうだけ。
宇宙からすれば、まばたきするほどでもない小さな小さな一点、いやそれ以下なのだと。」
「〈こころ〉は、時間を超えとる。
その一瞬のうちに永遠が含まれ、
その一瞬のうちにすべての時が結晶しとるんや。
そして、その一瞬はすべての過去とつながり、すべての未来、そして永遠へと何の狂いなくつながっとって、けっして消えることはない・・・。」
ソラもウミも、それが「ほんとうのこと」だとわかると、言葉では言い表せないほどの感動をかみしめていた。
その時だった。
ウミの胸からあふれ出る光があった。
その光は、花びらのようなものにつつまれていた生き物だった。
「おお!ウミ、あなたもダイモンの持ち主だったか!」
「は・・・はわわーーー。
なんじゃーーー。
なんじゃ、この子は?
え?でも、すっごくかわいい!
そうだ、さっそく名前を付けよう。
『マリ』そうだ、君は、今日から『マリ』ね!」
「ウミ、私たちについてこーへんか?」
マスターは言った。
「うん!私も、一緒に冒険の旅に出たいな!
だって、ソラにもダイモンがいるってことは・・・そういうことでしょう。
パパ・・・王様に許可をもらえるか聞いてみるわね。」
父王は、ウミ姫の旅立ちを実にあっさり、二つ返事でオーケーを出した。
「ちょうど、そろそろこの子を旅に出し、世界を見せたかったのだ。
実に良いところに来てくださった。
マスターという方。
私のお見掛けしたところ、あなたにはそう・・・見た目は、身分の高いものではないが、そんな人間的な枠組みに一切とらわれない・・・はめることが出来ない。
定義することが出来ない・・・
普通の人間とは違う、なにか、大空や大海原の広さ、いやそれ以上の何かをあわせもった・・・そんな大きな徳のある方のように見受けられます。
どうぞ、娘をよろしくお願いいたします。」
王は、深々と頭を下げた。
「ウミ、素晴らしい出会いと、そして、何よりも逆境と困難を祈ってるよ。
それは、あなたの魂を鍛え、よりあなたを謙遜たらしめ、より上に生命を求めるために必要なことだからだ。」