牢屋
正直に告白しよう。
オレは、迷った。
人間なんてもともと誰も信じられない。
誰も信用するに値しないのだ。
シャンディも、仲間たちも、国も、そして、あの「裸の宇宙皇帝」も。
そして、この国で生きていくためには、自分を守るために、誰かを足蹴にして、誰かを殺して、生きていかなくちゃいけない。
みんな・・・みんなそうしているのだ。
そう・・・奪わなければ、奪われる。
排除しなければ、排除される。
そして、殺さなければ、殺される。
それが・・・それが、生きるための摂理だ。
メイも、オレを売った・・・売ったに違いない。
だけど、きっとそれも、生きるため。生きるためだったんだ。
メイ、今どこにいるんだ。
牢獄か。
メイに会いたい。
生まれてはじめて感じた、わずかなぬくもりを・・・その正体を確認したい。
もう一度だけ触れたい。
でも・・・もし、そうでなかったとしたら・・・
つまり、メイがオレのことを必要としていたら。
もし、オレのことを信じてくれていたとしたら。
・・・オレは、信じたい。
信じたい。
信じなければ。
たとえ、その先に、オレの苦難や損があろうとも。
そこに、後悔することがあろうとも。
オレは・・・オレは信じることにかけなければならない、そう思うのだ。
オレは、チーノのオファーにどうこたえるべきか。
どういう方法かは知らぬが、〈救済〉という名の殺しを遂行し、オレは腐ったシステムの上に君臨し、一生遊んで暮らすか。
もしくは、それをせずに、つまり、メイを信じて、いやどちらにせよ、〈救済〉を断念し、一生を借金に追われて、奴隷のような生活のままこの国で送るか。
その場合、メイはどうなる?
いずれにせよ、誰かの手によって〈救済〉という処分がなされる?
ガチャ。
ケンが入ってきた。
ボンゴレビ・アンコも同じだった。
「うわーーーー!本物!?本物のペペロン・チーノ様がいらっしゃる!
いやあ。ハルが裁判にかけられてくれたおかげで本物のチーノさまをこんなお近くで見れるなんて!
本当についてるわ!」
アンコは入ってくるなり、目をハートにさせてチーノに握手をせがむ。
「ハル、お前にそんなやばいきもい性癖があったとはしらなかったよ。
国外のやつを助けるなんて、俺からしたらそれこそ害虫をベッドに連れ込んで喜んでるみたいな感じだよ。
オレだったら、金をもらってもちょっと無理だわ。
まあでも、よかったな。
許しの秘法を受けたんだろ?
これで、狂った性癖も癒されて浄化されると思うよ。
あ、チーノ様、リング授与式以来お目にかかります。」
「そうじゃない!ちがう!」
言われるままにされたことにこうして表立って反論したのは一体何回あっただろうか。
「・・・ッ。
なんだよ。違うって。お前、まだ浄化が完了していないのか?
まあ、いいや。
あの・・・なんだったけ、外から来たやつ・・・あれは、自分助かりたさに、俺たちに、ハル、あんあたがしたことを吐いたよ。
・・・つまり、ハル、おまえは利用されていただけ。
暗黒の勢力を広めるため、神聖トルテ帝国の転覆をはかるために密入国して、おまえに仲間のふりをして近づいて、利用だけして、売って、そして捨てただけってわけ。
あいつには、言っておいたぜ。
もし、〈正直に〉言ってくれたら、リングは最底辺の黒になるが、臣民権だけは与えて生かしてやってもいいと。
そして、あいつはちゃんと〈正直に〉言ってくれたよ。
書面もある。」
ケンは薄ら笑いを浮かべながら言った。
書面・・・?
おかしい。メイは、この国の字が読めもしないし書けもしなかったはずだ。
・・・まさか。
メイは・・・メイはそんなやつじゃない。
オレの胸の中で、ダイモンのリュウが光る。
「リュウ、何か、教えてくれ。本当のことを。
どうすればいい。
お前なら何とかしてくれるよね?」
心の中で呼びかける。
「私も、牢屋で見たけれど、完全にあの子は暗黒のパワーに包まれていたわねー。
やっぱり、〈救済〉するのが一番よね。
できる?ハル?」
アンコが聞いてくる。
「牢屋って・・・?どこ?」
「おお!〈救済〉する気になってくれたのね!
〈救済〉の方法は、簡単。
牢屋の前で、スイッチを押すだけ。」
「スイッチって・・・。」
「ガスで眠らせてから、そこから〈別の空間〉に送り出すの。
ちゃんと人間でも効果があるし、魂には何の害もない。」
「は!?」
「それで、数時間したら、魂は肉体からきれいに抜け出してくれるから。
スウーーーてね!
ちゃんとそこまで見届けるのよー♪
あはは。
人間は自由、平等、生命を捨ててはじめて解放される!
肉体は本当は存在しない。単なる影にしか過ぎないものね。
あー!楽しみ!」
アンコは、穢れなき無邪気なまなざしで言った。
「じゃあ、行こうか!」
・・・え?なんだ、なんだ、なんなんだ。
人の生命というものはそこまで軽いものなのか。
そして、オレは、今から何をしようとしているのだ。
どの道をどう歩いて行ったかは覚えていない。
放心状態のまま、ガラス張りの牢屋の前に立った。
「これが・・・牢屋?」
その中は、広く、まるで宮殿の中のように豪華な家具やシャンデリアでちりばめられていた。
「罪びとには、〈正直に〉話したら、ここに住まわせてあげる、と言えば、たいがい口を割るわ。」
メイはそれがハルとわかると、顔をそむけ、そして見えないところにかけだした。
オレをわずかに支えていた小さな蜘蛛の糸がプツリと音を立てて切れた、そんな気がした。