暗黒
「さて、ハル君。」
プラチナのリングを首にした裁判官は口を開いた。
「君の犯した罪はもちろんのこと、君の過去と前の人生数万年に至るまで、綿密に〈認識〉し、調査させてもらった。
この数万年の人生を振り返ってみた通り、このままいけば、暗黒世界での永遠の苦しみが待っていることになる。
前の人生と同じ轍を踏むか、それとも、特別な〈許しの秘法〉を受け新しい人生をやり直すか。
今の君の落とされる暗黒世界の様子は次のようなものだ。
全身の皮をはがされ、のこぎりで全身をバラバラにされ、その上、煮えたぎった銀を飲まされ、それでも死ねない。
無限の回数死んだと思っても生き返り、何度も何度も、何億年に長きにわたって同じことが繰り返される。
おまけに、助けを求めて泣き叫んでも周りには、誰一人人がおらず、広がっているのは無限の闇だけ。
宇宙にただ一人永劫の苦しみだけが待っているのだ。
それだけ、ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下に逆らう罪は重いと言うことを自覚しておかねばならんよ。
これは、別に私の主観で言っているわけではないよ。
トルテ法典第12巻636章~691章に書かれている科学的かつ客観的な事実であり真理である。」
集まっていた陪審員たちは震えあがった。
「それが、その様子だ。」
再びスクリーンに、リアルな映像が流れる。
上映されると、あまりのひどさに失神するものもいたが、
「いい気味だ!ざまあみろ!」
とあざけるものもいた。
「ハル、このままだと・・・君あくまで、このままだと、行きつく先は、こんな場所になるよ。
行きたいか?
行きたくないよね。
私たちも人間だ。
行かせたくはないんだ。
でも、君の犯した罪の重さは、もうそこまで達している・・・。
私たちはね、何度も何度も、親鳥がひなを集まるように、君をかばい、守ろうとした。
でも、もうそこまでされると守り切れんのだよ。
しかし、それは君の自由意志でやったことだ。
ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下は、人間の自由意志を何よりも重んじられる。
それは誰にも、制限することはできない。
だけど、もし真実に反した行いや言動をしたとき、その責任を取るのは一体誰なのだ?」
「そうだ!そうだ!」
会場全体からあいの手がいれられる。
「君は、我々の無償の愛に気付くことなく、それに感謝することもなく、
傲慢にも自分勝手に振る舞い、そして、身から出た錆で自らを滅ぼしてゆく。
いいですか!?
これは、愛で言っているのです。
愛がなければあえて、こんな厳しいことは言いません。
いいですか。
あなたのためを思って言ってあげてるんですから。
感謝しなきゃだめですよ。」
会場からは割れんばかりの拍手が起こる。
「だけどね・・・」
そこに現れた裁判長がダイヤモンドのリングをつけた・・・そう、ペペロン・チーノ宇宙皇帝補佐だった。
会場はどよめく。
「たったひとつ、たったひとつだけ、虫けら以下にまで堕ちた罪深い君が救われる方法があるんだ。
すべては、君の自由意志にかかっているよ。
いいかい?
人生はすべて自由で、君の人生の全責任は君にあるからね?
聞きたいですか?」
返事をする間もない。
「聞きたくなければ、そのまま永遠の暗黒にどうぞ。
それもまた、君の自由だ。
話すだけ時間の無駄だろうからね。」
ハルの立たされている床には扉のようなものがあり、拒否すればその扉からまっさかさまだと言うことは分かった。
「・・・おねがいします。」
選択肢はそれ以外になかった。
「よし、流せ。」
映像の続きが流れる。
無限に広がっていた暗黒の底が少しずつ小さくなっていく。
みるみるそれは、巨大な光の中のシミになり、ついには、針の先ほどの大きさの黒い点に。
その巨大な光の正体、それはザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下であった。
それを包み込む巨大なザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下の慈しみにみちた目からは、涙がしたたり落ちる。
ナレーションが入る。
「偉大なるザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下は、どこまで行っても決して暗黒に堕ちた魂を見捨てない。
同じ苦しみを、皇帝陛下は共に担っていてくださる。
大いなる愛をもって、永遠に耐え忍んでくださっているのだ。」
会場では大号泣。
裁判官たちも涙を流していた。
ペペロン・チーノは、目に涙を浮かべながら、慈愛に満ちた口調で語り掛ける。
「まずは、心の底から、宇宙皇帝様に許しを乞うこと。
本当に心の底からじゃないとだめだからね。
そして、もう二度とこのような罪は犯さないと、みんなの前で土下座をして謝る。
そして、許しの秘法を受けよう!
それで、すべての罪は消えてなくなる。
仮にどんな罪を犯していたとしても、許しの秘法さえ受けていれば、死後光の宇宙に行ける。
罪があったとしても、許しの秘法を受ければ、その素直さに皇帝陛下は報いてくださる。
つまり具体的に言うと、首のリングのランクだって上がる。
基本的には無償だけれども、気持ちとして、十年の労働分のお礼は必要だ。」
「そ・・・そんな財産は、ありません。」
「まあまあ、一度にとは言ってないよ。
一括が無理だったら、百回や千回に分けてでもいい。そうしたら、決して無理ではない。
その際は、まあすこし、十日で一割分くらい加算はされるけれども・・・。
どう?
決して奉納できない分じゃないよね?」
「ええ・・・。」
「それに、そのお礼は、君の罪の許しのためだけではない。
街の景観や、国民の幸せのため、ザッハ・トルテ様の宇宙戦争費など、尊いことに使われる。
それだけでいいんだ。
完ぺきな人間なんてトルテ様以外には誰一人としていないんだ。
だから、たとえどんな罪を犯したとしても、何度でも何度でもやり直しはきくのですよ。」
会場からも、「頼む・・・悔い改めてくれっっ!」
そんな祈りに似た波動が伝わってくる。
「でも・・・」
「でも・・・?何?
ハル君、あなたさっき、みんなの前で悔い改めを宣言したよね。
それともあれは、嘘?
言ったよね。
心から悔い改めるのでなければ無意味だと。
ザッハ・トルテ様よりも、自分の財産が大切だと。
永遠の命よりも、その愛を裏切り、暗黒の滅びに向かうと。
月に換算したら、金貨5枚。それを数十年間。出せない額じゃないよね?
命がかかってるというそういう自覚はあるの?」
「・・・わ、わかったよ。
偉大なる宇宙皇帝陛下ザッハ・トルテ様、すみません!
もう二度とこのようなことは致しません!
許しの秘法を受けさせてください。」
会場からは、割れんばかりの拍手が起きた。