少女とリュウ
少女の顔は、心なしかオレに似ている気がした。
彼女をを見ると、「助けなくては!」という気持ちと、「どうか、無事であってほしい!」という祈りにも似た気持ちが溢れてきた。
その気持ちは、突き動かされるように、胸からあふれ出てきた。
考える間もなかった。
もう、密告して捕えようという気持ちはどこにもなかった。
ただ、目の前にいるこのかわいそうな少女を助けたかった。
その感情は、トルテの国の街にいたころには感じたこともないものだった。
ただ、上の階級を目指し、宇宙の諸相を暗記し、自分が特別であることの高揚感とは全く違った感情だった。
わからない。
この思いをどう言えばいいのか分からないのだが、一つ言えることは、この感情はきっと「一番大切な気持ちなんじゃないか」ということ。
そして、ずっとずっと、このことのためにオレたちは生きているんじゃないか。
そして、このことこそが、人間にとって一番求めるべきなにかに値するのではないか。
そう感じていた。
少女を小屋に運び入れる。
普段、包帯であるとか、タオルであるとかを持ち歩いて外には出ないのだが、念のためということでかばんの中に入れておいた。
まさか、こんなところで役に立つとは不思議なものだ。
少女は目を開けた。
目はおびえて怖がっていた。
「おびえなくていいよ。
オレは、ハルというんだ。」
そうやって、名前だけ告げた。
それ以上は何も伝えなかった。
それが、おそらく、その子を混乱させないためには一番だと思った。
首につけられていた銀のリングも服の襟で隠れていた。
街では外出時、それがはっきりわかるように着けておくことは義務であり、罰則も設けられていたが、ここまで来ると誰も見ていない。
その必要もないだろう。
オレはただ微笑みながら、彼女のそばにいることにした。
しばらくすると、少女はほほえみ、こちらを見て言った。
「ありがとう。」
「ありがとう・・・ありがとう・・・ありがとう・・・・」
その言葉は、オレの心の中にこだました。
「ありがとう・・・。」
ザッハ・トルテ王に対して、壮大な感謝をささげる儀式は毎日してきた。
だけど、それに対して、この小さな少女の「ありがとう」は・・・。
何を考えていいのか分からなかった。
ただ、この小さな微笑みと「ありがとう」は、まるで春の日差しのように暖かい。
その時、オレの胸のなかから、光なにかが「生まれた」。
いや、「生まれた」というよりも、昔からずっと・・・オレがまだ生まれる前からずっとずっとそこにあった生命体が、やっと外に出ることができたというべきだろうか・・・。
少女は寝床から丸い目をしてこちらと、その後ろを見ている。
「ダイモン・・・。」
少女はそう口にした。
「ダイモン・・・?」
後ろをふりむくと、小さな光の玉が自分の周りを飛び回っている。
よく見るとそれは小さな龍のようでもあった。
「なんてことだ。
オレはついに〈認識〉を手に入れたのか?
だけど、違う。
何かが違う。
トルテ法で学び続け、体験してきた類のあれとは。」
オレは手をのばし、そっと包み込むようにその光、ダイモンを手のひらにのせた。
「お前は・・・まるで、小さなともしびのようだな。
そう、オレが本当に歩まなければならない道を示してくれる小さな足の光。」
オレはその光と出会い、はじめて、「安心」というものを感じた。
「リュウ。
おまえをリュウと呼ぶことにしよう。」
オレは、リュウと名付けたダイモンの光を消してはならないと強く念じた。
そして、同じく、このまだ名も知らない少女の事も。