うたの完成
ソラ、ウミ、レイが〈永遠の君〉を呼べずにすらいたときのことだった。
締め切って真っ暗になった小さな部屋の中にそのただなかにマスターがあらわれたのだった。
しかし、誰もそれがマスターとは分からなかった。
マスターは台所に行き、料理を作り始め、テーブルに並べた。
そして、呼びかけた。
「おう、みんな。来なはれ。
さあ、パーティや。
いつものようにな。」
「・・・はあ、全く誰だよ。
鍵は閉めたはずなのに・・・誰が入ってきたんだ。
もう、何も食べたくない・・・ずっと寝ていたいのに・・・。」
ソラもウミもレイもその人の顔を確認できなかった。
暗かったこともあるし、疲れ果てていたこともある。
とにかく、無意識のまま、彼らは口に料理を運んだ。
ウミがはっとした。
「・・・この味・・・そう・・・この味は・・・よく知っている・・・!」
ソラもレイも気が付いた。
「やあ。」
マスターはいつものように挨拶をした。
「やあって・・・マスター。」
「おいで・・・ハル」
マスターが呼ぶと、ハルが入ってきた。
三人は立ち上がり、駆け寄ってハルを抱きしめ涙を流し喜んだ。
言葉にならなかった。
すべてはそれで、良かった。
マスターは口を開いた。
その口からは生命が輝くようにほとばしった。
その言葉はどんな宝石よりも高貴だった。
「すべてのものは生まれ変化し過ぎ去ってゆく。
やけど、永遠にある〈ひみつのことば〉は決して過ぎ去ることはないんや。」
マスターの口から発された〈うた〉は宇宙を駆け巡り、
また宇宙全体の奏でる〈うた〉が四人の〈こころ〉に響く。
それは、小さな小さな・・・だけどなによりも深い〈たいせつ〉だった。
「なぜ・・・」
「一体どういうことか・・・」
そうした疑問がないわけでもなかったが、そんなことよりも、今目の前でともにいてくれる人に対する嬉しさと安心が勝っていた。
マスターの身体にはハルに刺された傷もあった。
たしかに、このマスターは〈こころ〉だけの存在ではなく、
かといって、〈からだ〉がそのまま生き返ったわけでもない。
そうではなく、その「存在すべて」として・・・より完全な存在として目の前に一緒にいてくれる。
まるで、さなぎが蝶になるように。
その〈からだ〉は空間や時間に縛られることはなかった。
マスターが、深く感謝をすると、〈からだ〉は〈食べ物〉となった。
そして、それを食べるように言った。
レイはいった。
「そう・・・私の先祖も、そうやって自分自身が〈秘密の食べ物〉となるときは、ああやって深く感謝の儀式をして、それから自分の〈からだ〉を私に食べさせた。」
「君たち・・・どうか、旅の時いつもしていたように、私がおらへんくなっても、この一緒ごはんをいつまでも続けてほしいんや。
ずっと、このパーティを続けて欲しい。
そこに、いつも私はおるからな。」
そして、彼らはマスターが分け与えた〈からだ〉を食べた。
「どんな味・・・?」
「これは・・・〈たいせつ〉の味・・・。」
みんなは、泣きながら食べ物となった〈からだ〉をほおばった。
自らのいのちを与えてまで、〈ともだち〉を生かす〈たいせつ〉。
それがもっとも偉大な〈たいせつ〉。
その〈たいせつ〉のメロディーがそろって、〈うた〉は完成した。
新しいいのちを纏ったマスターと四人は、その完成した〈うた〉を高らかに歌い上げた。
ついに宇宙ぜんたいは調和を取り戻し始めたのだった。
季節が来ると、一気に花が開花してゆくように、その〈たいせつ〉は世界中を覆い、
「すべてはこの日のためにあったのだ」ということを誰もが悟ることが出来るようになるだろう。
すべては、はじめは小さな〈ともしび〉から始まったことだったのだ。
この大いなる〈たいせつ〉のもとで、
人は、幸せのルールを恐れることなく生きることが出来るようになり、
見えない世界について大いに畏敬を持ちつつ探求し、
〈たいせつ〉の完成のために、他者に深く奉仕し、
穏やかなこころをより大いなる〈たいせつ〉のためにつくりあげ、
自然は〈たいせつ〉の摂理のなかで美しく輝き、
夢を叶える力はより大いなる目的のために生かされ、
空のようなこころは、〈たいせつ〉によって完成し、
聖なる地はより一層〈たいせつ〉の栄光を輝かせ、
星の海はますます〈たいせつ〉を無限に高めるようになった。
人は、〈トゲ〉の苦しみや恐れから解放された。
〈トゲ〉はたしかにあったにせよ、それらはみな〈たいせつ〉のうちで幸せな物語へと紡がれていった。
マスターの姿はみえなくなった。
しかし、みんなは知っていた。
マスターは〈永遠の君〉とひとつの〈たいせつ〉で結ばれていること。
この宇宙全てを覆うからだをもっているということを。