リング授与
広場で、ずらりとこの国の十三歳たちが前に並ぶ。
正面には、ザッハ・トルテ宇宙皇帝の側近を務めるペペロン・チーノが、ダイヤモンドのリングを付けていた。
後ろには、子どもたちを育て上げた教官たちがずらりと並ぶ。
そして、小臣民たちの様子を、ソワソワしながら見守っているのである。
ザッハ・トルテ宇宙皇帝の即位記念日にあわせて、オレたちは首につけるリングを授与された。
つまり、「身分」がもらえるのだ。
それはしいては、この世のことのみならず、永遠の生命のランクまで決定してしまうのであるから、ハルの例に漏れず担当の教官たちによって激しい教育がなされる。
一人一人名前を呼ばれて、首にリングをつけられていく。
その階級は、発表までは分からない。
階級の決まる基準は、トルテ理論に関する知識の量、深さ、宇宙に関する〈認識〉、トルテ国への奉仕の具合などによって判定される。
名前が呼ばれるのは、光沢のあるリングまで。
色のあるリング以下は、いわば「負け組」である。
とはいっても、トルテ国以外の世界の全員が、トルテ理論を知りもしない、いわば人間の形をした動物並みの存在。
触れてもいけないし、見てもいけない汚れた存在なので、神聖なトルテ国に入って来れないよう、結界をつくって「閉じ込めている」という。
(しかし、すべての人にザッハ・トルテ理論は伝えられ受け入れられなければならない。)
彼らは、宇宙が究極次元に突入した際滅びることは確定しているのだ。
この国にいるだけで「選ばれし宇宙エリート」に他ならないのであるが。
ペペロン・チーノの長い話が終わり、いよいよブレスレット授与式だ。
「今年も、プラチナは8名、ゴールドは39名、シルバーが185名、ブロンズが813名。」
そうチーノが読み上げる。
「オレは、どのランクなんだ。」
ごくりと唾を飲む。
会場全体でも同じようだった。
プラチナの名前が次々に読み上げられる。
ハルの名前はなかった。
そのかわり、明らかに自分より成績や能力の低いと思われる金持ちや高い身分の教官出身のものどもが読み上げられてゆく。
後ろで、シャンディ・ガフの「チッ」という舌打ちが聞こえる。
次に、ゴールド。
ソワソワしながら、祈るように、下を向き、自分の名前が来てくれ、来てくれと祈る。
結局、ゴールドでも自分の名前が最後まで読み上げられることはなかった。
気が遠くなる。
シャンディ・ガフが無言で睨みつけているのがわかる。
シルバーのはじめの方あたりで、オレの名前が呼ばれた。
「はいっ!」
オレは前に出て、チーノ大臣から直々に銀のブレスレットを装着してもらった。
手つきはほとんど事務的であったが、
「おめでとう!これからも頑張って!」
と笑顔で言われた。
チーノの首にあるものは、眩しいばかりのダイヤモンドが散りばめられていた。
ふと後ろを向くと、シャンディは薄ら笑いを浮かべている。
残りのシルバー、ブロンズが淡々と行われていく。
滞りなく、式典は終わった。
紙吹雪の中、割れんばかりの拍手の中、会場の外に出る。
オレたちはもはや小臣民ではなく、一人の成人した神聖ザッハ・トルテ帝国民としての身分を得たのだ。
「身分を得るためのひとつの戦いの区切りが終わった。」
そう安堵して、青い空を見上げ、胸を撫で下ろす。
解放された気分。
少し幸せな気がする。
さあ、これから打ち上げのパーティだ!
「今までお疲れ様。ハル。」
シャンディが、出口で立って待っていた。
ねぎらってもらったのは、ひょっとしたらこれが初めてかもしれない。
嬉しかった。
思わず、頬が緩む。
「でも」
そう、口に出た瞬間、思わず身体がこわばった。
「プラチナにゴールド。
まだ上にいるんでしょ?
もいちょっと頑張っていたらねえ。
あなたならもっと上までいけていたはずよ。
もったいないわあ。
ハア。」
そう言って、ため息をついた。
「もっと上のランクだったら、パーティでも何でも行かせてあげていたかもしれない。
だけど、あなたは、もっと頑張らなくちゃ、ね。
勝って兜の緒を締めよ!
フラフラ遊んでる暇はないわ。」
そう言って、シャンディは踵を返した。
オレはその場で、真っ白になって立ち尽くしていた。
でもそんな暇は与えられない。
「ホラ、何ボケっとしてんの?
ボケっとしてたら、末路は悲惨な色ブレスレットよ。
何?
何が不満なの?
こんなに贅沢させてもらって?」
「教官・・・この日くらいは頑張ったんだから・・・。」
「わがままをいうんじゃないの。
そんなセリフが出てくるのは、そもそもあなたの根性がないから。
人生はザッハ・トルテ宇宙に向けて崖をよじ登るがごとしよ。
ステージアップは永遠に続いていくの。
少しでも気を抜いたら・・・その瞬間から暗黒に向かって真っ逆さまよ。」
仕方がなく、シャンディについていこうとしていたその時だった。
「まあまあ、シャンディ教官様、ペペロン・チーノ様も公認で今日だけはみんなに盛大に祝うよう許されているのですからバチはあたりませんよ。」
と一度見たことのあるお姉さん。
「あそこまで言わなくていいのにねー!」
そう言う少し年上の少女の首には金のブレスレットが。
そういえば、以前にも話しかけられたことがある。
そうだ・・・あの・・・百合のようなお姉さん。
「ハルくん、はたからみてて、よく頑張ってたよ!
あなたくらいの能力じゃ、本当にプラチナもおかしくないよ?」
「う、うん。ありがとう。」
少女は、シャンディに言った。
「ねえ、シャンディ教官!
ハル君、すごく頑張ったんだし、今日くらい一緒にパーティに連れていってもいいでしょ?」
「仕方ないわねえ。
まあ、どうぞ。」
「言い忘れた。私の名前はアンコ。ボンゴレビ・アンコっていうの。
おいで、ハル。」
アンコはオレの手を取って、パーティ会場まで引っ張っていった。
十三歳になるまで、オレたちは男女別々の空間で育てられていた。
女子とここまで親しく交わるのは初めてだったかもしれない。
その日、はじめて、女子というものに手を握られた。
胸がドキンとした。
あたたかい・・・。やわらかい・・・。
それだけでなんだか顔が赤くなる。全身が熱くなる。
全身の力がゆるんで、ずっとずっとそうしていたいような、そんな気分になった。
「おーい!みんな!
未来のザッハ・トルテ帝国を担う期待の新しい青年が来たよー!」
竹馬の友のケンの首にもシルバーのリングがつけられていた。
テーブルには、お菓子や甘いジュースが並べられ、その周りには新しくブレスレットをつけた幼顔の男女たちがワイワイと楽しくやっている。
クイズ大会や、小さな運動会、そしてキャンプファイヤーを通して、彼ら彼女らは親睦を深めていった。
こんな国にだって、認められる範囲で楽しみや遊びはある。
オレは、はじめて楽しいと感じていた。
身分を得た少年少女たちは、積極的にキャンプファイヤーの前に次々と立ち、
「ザッハ・トルテ帝国に生まれ育って自分がどれだけ幸せか」
という話を涙ながらに語っていった。
ケンも、アンコも、情熱的にザッハ・トルテへの愛を語った。
炎に照らされるその横顔から涙がこぼれる。
「なんなんだ。なんなんだ、この人たちは。
なぜこんなに生き生きとしているのだろう。」
そう思った。
「オレだけなのだろうか・・・親が教官で厳しく育てられたのは。
他のザッハ・トルテの民はみな幸せを感じながらここまで育てられてきたというのだろうか・・・。」
「ほら、ハルもなんか前に出て言いなよ。」
促されて、前に立つと、みんなが真剣にこちらを向いている。
何を話せばいいのかわからなかった。
でも、何か「いいこと」を話さないとと、思いついたことが、
熱を出したあの雪の日、必死に念じながら走った時、喜びが込み上げてきた体験だった。
拍手。拍手。
「ハル、お前の話が一番感動したよ。
もっと自信を持って!
いつも控えめにしているけれども、もったいないよ!」
そうあとでケンに言われた。
ケンやアンコをはじめ、ティーンの国民たちとは夜通し語り合った。
国中から集まってきた同じ歳の少年少女たちが、目を輝かせながら、ザッハ・トルテのことを語り合う。
「ハル、お前の顔ってすごくかっこいいよね!」
「少し伸びたその髪型も素敵。」
「声も静かに響く感じが素敵だね!」
「そうやって、静かに何か深く考えている感じがまた魅力的っていうか。」
そうやって、シャワーのように褒められ続けた。
こんなことははじめてだった。
オレは思わず顔をほころばせる。
「ああ・・・なんだか・・・みんな、素敵だなあ。
仲間なんだ・・・同じ、ザッハ・トルテの法を学び、同じザッハ・トルテの子なんだ。」
「あなたからは他の人とは違う、何か特別なものを感じるの。」
「そう、あなただけは何か特別な選ばれた存在。
偉大な使命がある。そんな人だと思うの。」
特別な、、、存在、、、。
オレはそのまま固まってしまった。
その言葉を何度も反芻した。
悪い気はしなかった。
「私、〈認識〉あるんだけれども、あなたの後ろにあるオーラはめちゃくちゃ高い波動だし、あなたの後ろで守ってくれている存在たちはすごいのがたくさんいる。」
「え?そうなの?」
「あなた、ひょっとしたら世界を変えてしまうんじゃない?」
そう言われると、まんざらでもないような気がしてきた。
アンコは、オレの膝に手を置いて、身体を近づけて、笑顔を見せて言った。
「ねえ、入らない?
青年ザッハ・トルテ愛好会に。
そうすれば、宇宙皇帝陛下に謁見できる可能性も高くなるし、
もっともっと上のブレスレットをつけることのできる確率も高くなるわよ。」
「え、いいの?俺なんかが。」
「あなただから、よ。
あなたは特別な選ばれた人だから。
もうこのチャンスを逃すと次はないわ。
知ってる?
チャンスの女神は前髪しかないのよ。
人生を変えるチャンスは一度きり。
ぼさっとしてたら駄目だよ。
決断は今だけ。
入る、入らないは自由だけど、どうする?
あなたの後ろにいる、見えない存在たちも全会一致で入れって言ってる。」
アンコはオレの腕を組んで、身体を擦り寄せてきた。
「私も、ハル君みたいな人と一緒に活動したいしね。
うふふっ。」
断る理由は何もなかった。
「ハル、俺たちは、仲間だ。
一人じゃない。
ここは、お前の居場所だ。
ザッハ・トルテ様の偉大なる慈悲で結ばれた一つの家族、同志だ!」
仲間、、、居場所、、、。
入会を決めると、さらに大きな拍手。
「おめでとう!おめでとう!おめでとう!」
アンコは、オレにハグをしてきた。
柔らかな肌が触れる。
髪の毛からのいい香りがする。
そして、胸がオレの胸にやわらかく触れる。
生まれてはじめて、オレは安心してなんでも語れる友人たちができたような気がした。
そこは、幼少期からのシャンディたち教官のいた教育施設とは全く違った場所だった。
解放されたオレは少しづつみんなと打ちとけていった。
みんなに会えるのが楽しみだった。
その若者たちの同好会に行くのが楽しくて楽しくてたまらなくなった。
あれだけ辛かったザッハ・トルテ理論を学ぶことは、彼らと一緒だったら、むしろ喜びとなった。
いつしか、オレは自分から積極的に「理論」の読書会や勉強会を開くようにまでなっていった。
もう、幼少時に抱いていたようなあんな「馬鹿げた」疑いは、どこかに行っていた。
・・・そして・・・
ザッハ・トルテ法に従わず、忠誠のないものを〈暗黒〉として批判し、〈救済〉に導くようになった。