渦
美しく優れたものの中にも、それ以外のものやドロドロしたものが含まれており、
醜く最低と思われるものの中にも、善きものや美しい何かが含まれていることがわかった。
ぼくは、誰かれがなしたことはひょっとしたらそれをしていたのは自分自身ではなかったのかという強い観念にとらわれた。
そして自分のことをどこか異常なのではないかと思うようにもなったが、どうも深い目で見てみるとそれが真実のようにも思われるのだ。
どの人間にも、自分と他人や世界を分離するための我が備わっているというのは―――そういうことだ。
―――きっと、すべてが一つにとけあっている世界では気が狂ってしまうだろうし、きっと生活もままならないだろう。
―――ともかく、
ハルやぼくたちにあんなことをさせ、マスターがああなった責任は、
完全にぼくの自由意志にあったのだ。
望んでいなかったことも含めて、自分で意志したのだ。
訳のわからない運命のようなものも実は全て自分の意志であったとしたら・・・。
一体どこにどうやって慰めを見出すことが出来ようか。
ひょっとしたらぼくたちは、トルテにも、バコアの兵士たちにもなり得た。
ハルの立場でなかったのはごくごく些細な偶然だ。
ハルは・・・ぼくの〈ともだち〉のハルは、マスターを殺して、自分もまた自ら命を絶ってしまった。
・・・なぜ?
なぜそんなことをしてしまったのだ。
それを選択しないことだってできたはずじゃないか?
それとも・・・決まっていたのだろうか?
もともと・・・ハルはそれをするように決められて生み出されてきたのか?
それとも、生まれる前に自ら望んでその役割を引き受けたとでもいうのか?
わからない・・・わからない。
ぼくは、ハルのような考え方をする人間とは水と油のように相いれなかった。
人間には無限の可能性がある。
そして、人はもともと前向きに明るくあるのが本来の姿であるはずなのに、なぜハルはそれをみすみす自ら閉ざしてしまうようなもったいない真似をするのか・・・と。
ハルの考えが全く理解できなかった。
だけど、ハル・・・君は、「これ」を見ていたんだね。
人に・・・僕たちすべての人間に、望まない悪を犯させてしまう〈トゲ〉があって、その〈トゲ〉は僕たちを本当に見当違いな方向に引きずり回す。
多くは、それを自覚させずに。
そして、たとえ、自覚していたとしても、その〈トゲ〉はますます食い込んでくる。
何か外に原因があって、〈トゲ〉が埋め込まれていたのかと思った。
たしかに、外からやってくる出来事があったから、ぼくたちはそうなったかのように見える。
だけど、本当は自分の〈こころ〉の底に生まれたときからずっと埋め込まれているものなのではないのか。
それが、どれだけ発現するかしないかの程度は、なにかの縁によるかもしれないけれども。
誰かが自分を苦しめなくとも、自分自身が一番自分を苦しめなければ気が済まないという気にもなってくるよ。
「今日一日だけ生き延びよう」と思いながら、次の日がやってきては同じことを思う。
だけど、その繰り返し・・・果てのなく終わりのない永遠の繰り返しに、疲れ果てた。
ハルの中にあったものが、ぼくにもある。
そして、ぼくも・・・ハルの歩んだ道を同じようにたどっていかなくてはいけないのだろうか。
選択肢は、もうそれ以外にしか残されていない。
世界全体がひとつの正義として、「お前は生きているべきではない」と要求する。
その時だった。
「呼んで・・・みようよ。」
ソラの服のすそをつかむ者があった。
ウミだった。
「ウミ・・・。」
レイもやつれた顔をしながらそばにいた。
「呼ぶって・・・誰を?」
「マスターを・・・。
〈永遠の君〉を・・・。」
「・・・もう、ぼくにはダメなんだ。
無理だ。
そんなことは考えられない。
焼け石に水以外の何ものでもないと思う。
可能性なんてもうないんだ。
たかがそれくらいで、何かが変わるわけがない。」
「ソラ・・・あなたの持ち前の明るさはどうしたの?
どんな困難があったって、そこに光と希望を見出して・・・
すべての黒を白に変えていくように乗り越えてきたじゃないの。」
「・・・ごめん。
だけど、それらはみんな何かこころの支えがあってできたことだったんだろうと思う。
今、その土台が自分の中から崩れ去ろうとしているんだ。」
「いいよ。
それでいいよ。
もう一度・・・もう一度、呼んでみようよ。
ソラ・・・あなたがもう何もできなくたっていい。
そのまんまでもいい。
元気を出さなくたっていい。
そのまんまの私たちで、呼んでみようよ。
何も要らない。
ボロボロで・・・すべてを失ったままの私たちでさ・・・。」