底
ウミ、ソラ、レイは逃げるように集まっていたが、悲しみに暮れて何もできずにいた。
食べることもできず、眠ることもできず、起き上がることも難しかった。
前向きな考えなどできるわずかな隙間もない。
もうこのまま失望の錘につけられたまま、全く日の差さない深海まで沈んで沈んで、全てを忘れて永遠に眠ることができたらどんなにか楽だろうかと思うほどだった。
しかし、眠ろうとも眠りにつけず、心臓はドラのように激しく鳴りたてる。
処刑の事実が何度も蘇ってきては、首や心臓に巻きついて、嵐のように引き摺り回す。
石のように自分の感情が消えてしまった時があったと思いきや、
一方ではただ呼吸しているだけで涙が止まらない。
存在の全てが、痛み、痛み、悲しみ、悲しみなのだ。
だけど、生活は追い立てるように、こちらの事情など構うことなしに、巻き込んでくる。
もう旅を続けることはできない。
バコアに支配された世界で、ぼくたちは奴隷となった。
そこにはメイもいた。
生きていくためには、とにかく働かなくてはならない。
ぼくたちは「もっと早く!もっとしっかり!」と怒鳴られながら、身体を壊すような働き方をさせられ、働いて手に入れるはずの分はほとんど取り上げられて自由になる分はほとんどなかった。
もちろん彼らはぼくらの哀しみなど知る由もない。
だけど、目の前の単純な作業に集中して、身体を動かして、何も考えようにしていると幾分かは気が紛れた。
だけど、ふとした瞬間に抑えきれず、身体が震え、押しつぶされ、どうしようもない。
僕達に刺さっていた〈トゲ〉はますます大きく深く刺さって痛みを増してゆく。
そのたびに、その〈トゲ〉のことを忘れたり、やり過ごしたりしようとしたり、押し込めようとした。
そうすればするほど〈トゲ〉は逆襲して立ちふさがってきた。
もう戻ることはできやしない。
できやしないのだ。
ーーー〈はじめのこころ〉には。
やがて、ぼくらはまともに動くことすらできなくなっていった。
息をして心臓を動かしているだけでも前向きなことだった。
バコアの兵士たちは、
「使えない奴め。なんでそんなに怠けてばかりいるのだ。」
「本気になればできるだろう。」
「一生懸命働けば自由になれるというのに。」
と追い討ちをかけてくる。
このまま死んだ方が楽かもしれないが、死ぬくらいだったら逃げようと思った。
トルテの国にいたハルの憂いがわかったような気がした。
ぼくたち四人は協力して脱出する計画を立てた。
そして、兵士の見張りの薄い時を見計らって、ぼくたちは逃げ出した。
しかし、最後の最後で一番ゆっくりしていたウミが兵士に見つかった。
「やめて!」と叫ぶウミの腕を掴んだ兵士。
ぼくは走っていって、兵士に体当たりをした。
兵士は倒れたもののぼくに襲いかかってきた。
咄嗟のことだった。
ぼくは兵士を殴り飛ばしていた。
「やりやがったな。
お前、、、この前殺されたマスターの一味だな。
仕事もサボった上に、無断で逃げようとして、その上、上官に暴力まで振るう。
許し難い所業だ。
お前たちもなぶり殺しにしてやる。」
四人は、とにかく逃げて逃げて逃げのびた。
「殺される、、、。」
何ヶ月も逃げ延び続けて、ぼくたちはメイの住んでいたという住まいまでやってきた。
そこは、人里離れた明かりもない真っ暗な闇の一軒家。
そこにかくまってもらうことにした。
まるで針の雪が降り続くように〈トゲ〉は痛み続けた。
ぼくたちはわけもなく怯え、
怯えたかと思いきや訳もなくイライラし、誰もいない暗闇の中をのたうち回っては、重い空気の底に潰された。
そのまま目を瞑れば二度と目が覚めなければどれだけ良いかと思った。
明けない夜があればあればどれだけ良いかと思った。
しかし、生はぼくたちを鞭打つように太陽のもとにおいたてた。
何をしたとか、どんな風景だったとか、何を食べ、どう生きていたかは思い出せない。
真夜中、雨の降る軒下で何時間もただ立ち尽くしながら涙をひたすら流すことはできた。
もう何も思い出したくはない。
全てを忘れてしまいたい。
希望?
幸福?
そんな言葉は、モグラが太陽にあたれば死ぬように、より一層絶望を加速させるだけに過ぎなかった。
いや、むしろ絶望の深い底に漂っていることそれ自体が〈救い〉のようにも思われた。
もう、ぼくたちは自分で自分を支える術をする由もなかったし、そうしたところでもうその先には何もないことくらいわかっていた。
結局、ぼくたちは誰一人として〈トゲ〉を克服することは出来なかった。
〈たいせつ〉と赦しだけがそれをなしうるのだが、その可能性は全く見出せず、
そしてその可能性がないこと自体が絶望の理由でもあった。
なので、それをごまかすか、見ないことに成功するか。
あるいは脱出しようとして全ての術に挫折するか。
そのどちらかだろう。
敵は、それまでにぼくたちが殺し続けることで克服し、成長し続けてきたと思っていた自分自身だったのかもしれない。
そう思うようになってきた。
ぼくたちは、言葉にならぬほど最高のものから信じられないほどドロドロしたものまでを見てきた。




