トルテの最期
ザッハ・トルテが再び目を開けると、そこは刑場であった。
目を覚まさない方がよかったと思うような苦痛が襲う。
今やトルテの住んでいた宇宙は跡形もなく消え失せた。
一世一代、ありとあらゆる情熱と全人生をかけて作り上げ守り続けてきた国は崩壊し、
神聖な法の書は踏みつけられ、燃やされた。
その焼けた灰が押しつけられる。
呻きながら横を見ると、マスターが同じように呻いている。
マスターがこちらに目を向けた時、トルテは恐ろしい気持ちにかられた。
「この男は、私がさんざん迫害してきた男ではないか・・・。
なぜこの男と、私が共に死なねばならぬのか。
・・・ああ、私は今恨まれて息絶える・・・ちくしょう!なんでなんだ!」
しかし、マスターを見ていると、自分の説いていた世界とはまた異なる・・・
大いなる生命がそこにあるのを感じ取ることができた。
それは輝かしくもなかったが、
それでも、確かなものだった。
それはあたたかく、どこまでもどこまでもへりくだる。
その男には、何もなかった。
しかし、何もなかったゆえにすべてを所有していたように思われた。
それは、トルテが考えていた価値あるものと全く正反対のものであった。
それは、まったく彼にとって理解できないものであった。
しかし、それはトルテにとってただ一つ必要なことだった。
だが、そのたった一つの必要なことをうけとるだけのこころを自分は所有していないことを分かりきっていた。
「もう・・・手遅れだ・・・
今となってはすべてが遅かったのだ。
私は、追い出されるのだ・・・あの交わりから・・・永遠に。」
トルテはそれまでの歩みを激しく後悔し、歯ぎしりをした。
トルテはこの男に、自分のすべてを打ち明けたいという気持ちになった。
と同時に、洗いざらい打ち明けた瞬間、自分が死んでしまうという恐怖にも取りつかれた。
マスターはトルテを認めて語り始めた。
「王よ・・・苦しいか。」
「・・・私はもはや王ではない。」
「いいや。あなたはこの場においてこそ真に王となることができる。」
「・・・マスターよ。お前はどこから来たのか。」
「〈はじめのこころ〉からや。」
「では、どこに〈はじめのこころ〉などある?
どこに〈はじめのこころ〉を置いてきたのか?」
「善き〈こころ〉のうちにや。」
「お前は、どこに行きたいのだ?」
「〈はじめのこころ〉へ。」
「〈はじめのこころ〉などどこで見つければいいのだ。」
「すべてのつくられたものから離れたところや。」
「マスター。お前は一体何者だ。」
「君はどう思う?」
「王だと言われているがそうなのか?」
「言うた通りや。
その通り。」
「王・・・だと?
では、その王国とやらはどこにあるのだ。」
「〈こころ〉のうちにや。」
「・・・フフ・・・
私は、王であった。
しかし自らの〈こころ〉を置き去りにした哀れな王だったというわけか。」
「〈こころ〉の王国は、誰にも踏み込ませたらあかんし、
誰に〈こころ〉の王国にも踏み込むもんやない。
それがすべての争いの元や。
自由を与える。
そして、自らも自由となる。
それが〈たいせつ〉にするということや。」
「フフフ・・・面白いことを言う王だ。
マスター・・・お前は何も着ていない裸の王ではないか。
あとで、王宮に来いるがいい。
好きな衣服はなんだって着ればいいさ。」
「そんなことをしたら王でなくなってまうがな。」
そうマスターは語った。
トルテは言った。
「面白い奴だ。
私の最後の願いを聞いてくれ。」
「何でも。」
「私の・・・私の・・・
〈ともだち〉になってほしいのだ。
もう・・・部下も奴隷もいい。
私はただ〈ともだち〉が欲しかったのだ。」
そう言ってトルテは息絶えた。