説得
ハルはどうしていいか分からなかった。
何を考えていいのか分からず、茫然と呆気に取られていたが、
そんな暇もなく兵士がはやし立てる。
「さあ、次!
次いってみようか!
あんた・・・一番恨みがある奴じゃないか?
とどめをさしてもいいんだぜ?
そしたら、拍手をしてやる。」
そこに吊るされていたのは、ザッハ・トルテ王だった。
「お前が・・・お前こそが諸悪の根源だ。
お前さえいなければ・・・。
こいつだけは遠慮なくやってやる。
いいだろう。
この王くらいは。」
ハルは鉄球を手にした。
周囲では、歓声とともに他の囚人たちがいたぶられている。
トルテはぶつぶつと何かわけの分からないことを言っている。
「よくぞ来た!
我が宇宙皇帝ザッハ・トルテであるぞ。」
「は・・・はあ。」
「わが望みは、幸福を世界中にひろげていくことじゃ。
そして、いま、我は究極次元への移行を果たし終えてしまったのじゃ。
我は、星にでも鳥にでも海にでもなれる。
不可能はなにもない!
すごいじゃろう!すごいじゃろう!
こんなことができるのは我のみじゃ!
皆、我のところに集い来たれ!
世界は今、ザッハ・トルテのうちで一つになろうとしておる!」
「この男は、こんな風に狂ってしまった・・・いや、昔からなのか?
早くやれ!
後ろがつっかえている。」
「くっ・・・!」
ハルは鉄球を振り回し、トルテの側頭部にぶつけた。
「ありがとう!
みなのもの!ありがとう!
これが宇宙かあーーー!」
そう言ってトルテは喜んだ。
突如トルテ王はハルをにらみつけた。
その目は人間の目つきではなかった。
「望んでいたんだろう。お前はこうなることを!」
今までのザッハ・トルテとは全く違う声だった。
トルテの内側に忍び込み、彼を操っていた深淵の声だった。
ハルはその急な変貌ぶりにぞっとした。
「望んでいるのだろう。お前は!
オレ(こいつ)をぶちのめし、なぶり殺しにすることを!
ほら、殴れ、殴れ、刺せ、刺せ。
やってみろ。やってみろよ。
ほら・・・ほら・・・ほら・・・。
お前は「正義」なのだろう。
オレ(こいつ)にやられたかわいそうな被害者なのだろう。
恨みがたくさんあるよなあ。
オレを望んだのは・・・貴様ら全員だ。
人間にオレは決して倒れはしない。」
「あんたが・・・ザワーク・ラウト。
トルテの親玉というわけか。」
正体に気が付かれたザワーク・ラウトは口調を変えて言った。
「賢いな・・・アンタは。
さすがオレが見込んだだけあるよ。
いいかい。
あんあたにだけ真実を伝えるから良く聞いてくれ。
ザッハ・トルテはオレの忠告を良く聞かずに、暴走してこうなってしまった。
いいかい。
本当のザワーク・ラウト主義というものはこうじゃない。
人間たちに真実の〈こころ〉の目を開かせるための〈認識〉をさずけるのだ。」
「ほう・・・真実の〈こころ〉とね。」
「ああ・・・トルテはそれを自分の都合よく利用したに過ぎない。
トルテは途中からゾーラやガノフという闇に操られるようになって、真実を見失ってしまった。
よく見てみろよ。この世界の現実を。
この世界が善いなどと言えるかい?
なぜ世界から争いがなくならない?
そもそもの話なのだが、この世界自体が大掛かりな家畜農場のようなものとしてつくられた。
人間を騙し、盲目にさせ、飼いならすためのな。」
「・・・そんなわけが・・・。
誰が何のために?」
この物質世界をつくった奴がゴルゴン・ゾーラのやつだ。
そしてその管理役がビーフストロ・ガノフというわけさ。
人間はゾーラとガノフらの奴隷、エサとして創造されたと言うことよ。」
「・・・・!
本当か?」
ハルは聞き流そうとしつつも、その話の込み入り具合に耳を傾けざるを得なかった。
「そんなあんたたち人間のうちの何人かでも救おうとして・・・
この奴隷農場のような世界の洗脳をといて、そこからの脱出を手助けしようと思ったのだ。
オレは選ばれし奴らに〈真実〉を告げ知らせに来たというわけだ。」
「それは、魅力的な面白い話じゃないか。」
「ゴルゴン・ゾーラのつくりだした支配のための最も偉大な発明を教えてやろうか?」
「・・・そんなものがあるのか。」
「聞いて驚くな。
それがな・・・〈永遠の君〉というものだ。
そして、〈ムスビ〉だ。
あんなものは、人間の支配のために生み出された麻薬のような観念にしか過ぎない。
その証拠に・・・見ろ。
トルテは国のうちに強力な〈ムスビ〉を作ってしまい、滅びた。
〈ムスビ〉のうちに自由もなければ、救いもない。
ハル・・・君は・・・君だけは、この滅びゆく泥船のような〈世界〉から脱出するのだ!」
「う・・・。」
「さあ、ここに〈認識〉の風船がある。
君はこれをただ自分の意志で〈ツカミ〉さえすればいい。
そうすることでこの牢獄世界から脱出できる。
〈ムスビ〉という幻影・・・〈永遠の君〉という虚構から脱出できるのだ。
これまでの偉大な人々はこの秘密に気がついて、こっそりと世界から抜け出して、もう二度と牢獄に舞い戻ることはなくなった。
〈永遠の君〉は君を牢獄に縛り付け、自由を奪うぞ。
そして、マスターもヤバい奴だ!
だから、今こうして処刑されようとしている。
マスターは第二のトルテ王になるつもりなのだ。」
「・・・そうなのか・・・。そうだったのか?」
「真実を伝えよう。
〈永遠の君〉とは・・・〈はじめのこころ〉の正体とは、ハル・・・君自身のことだよ。」
「な・・・!?」
「君自身が、〈はじめのこころ〉に他ならない。
ところが、それを外に対象として〈君〉として呼びかける時点で、
君は君自身の源から分離したことになるのだ。
君こそが、〈はじめのこころ〉だ。
そのことに、気が付くことが〈認識〉だ。
そして、その〈認識〉を得さえすれば、君は人生と世界の主となる。
外に現れた〈永遠の君〉なるものに、もはや縛られたり、彼の僕となることはないのだ。
君自身が、〈永遠の主〉として、宇宙に君臨するのだ。
そうすれば、君は人生と世界を何でも君の思い通りにコントロールすることができる。
何でも思いのままだ。
そうした力が君の内側に眠っていることを君はまだ知らないのだ。
君の内側に隠された秘密の〈認識〉は、ゾーラのまやかしによって覆い隠されている。」
「・・・」
「信じられないという顔をしているな。
だけど、君自身が〈目覚め〉ればの話だが、それは真実であると気が付くはずだ。
君は、君を不自由にする〈永遠の君〉の奴隷として過ごすか、
それとも、〈永遠の君〉を打ち捨てて、君自身の〈はじめのこころ〉という本質を取り戻すか。
君の困難は、すべて君が目覚めていないからだ。
君が変わらない限り・・・つまり、時代遅れの〈永遠の君〉などという観念に取りつかれている限り、その過ちに気が付かない限り、同じような苦労は繰り返し訪れるはずだよ。」
「・・・う・・・。」
「受け入れたくないのも無理はないかもしれない。
マスター自身に悪気はないかもしれない。
しかし、知らず知らずのうちに加担している悪だってあるのだよ。
そう・・・君のようにね。
しかし・・・マスターはオレの持つ最強にして最大の〈秘密の教え〉を知らなかったんだ。
それは、もともと君自身の中に備わっているもので、
特別な秘法を伝授することによってえらばれし人だけが手にすることができるのだ。
ハル・・・君だけにそれを教えたい。
どうだ・・・知りたいか?」
その間はものの数秒であったが、ラウトの念と知恵は強くハルのこころをうった。
「ほら・・・もうマスターからは卒業でいいんじゃないか。
時代は、〈永遠の君〉から、このオレ〈ザワーク・ラウト〉に移行している。
人間が真実に目覚める段階に入ってきたのだ。
乗り遅れていてはいけない。
時代遅れの〈永遠の君〉からも、〈ムスビ〉からも離れよう。
真実はいつも〈ムスビ〉の外側にある。
さあ、君は自由になっていいんだ。
あんなマスターのうちにいいたら、永遠に君の〈認識〉は閉ざされたままだ。
宇宙は次の駅に向かおうとしている。
ついていけない者共は振り落とされる。
この時代には、〈認識〉に目覚めたものと、そうでない者の差は開き、その中間は亡くなってゆくのだ。
君はどちら側に就きたい?」
ラウトはハルに迫った。