シャンディの夢
シャンディはうつろな目で口を開いた。
「・・・ご・・・め・・・ん・・・ね・・・・。」
ハルがシャンディの口から一度もきいたことのなかった言葉だった。
「・・・
ほんとうに言っているのか。
それとも・・・。
いや、それが嘘でも本当でも、無意識でもいい。
オレはもう恨み続けたくはないんだ。
許したいんだ。
そして、あなたとの呪われた絆を断ち切りたいんだ。
その言葉だけで充分だ。」
「おらぁ!
とっとと刺すか、殴るかしろ!」
怒声が飛んでくる。
「大勢の人を苦しめた悪の手先だ。」
「・・・いやだ。
やりたくない・・・。」
ザッハ・トルテ国にいたと思われる人の声が響く。
「へえ。実の妹は見殺しにできて、お前に危害を加え続けた血の繋がった教官にはできないってわけか!」
「オレのやりたいことはこんなことじゃない。
オレの望んでいることは、復讐じゃない。
オレが〈たいせつ〉に扱われること。
そして、オレに付けた傷を、償ってくれることだ。
復讐をしても、それは〈トゲ〉を存続させるだけだ。
許すことができる・・・・そのことのみが、〈トゲ〉からオレを自由にする。」
「ふざけるな!
それじゃあ、さんざんやられまくってきた側はどうなるんだ?
簡単に許すとは言うけれども、許して、苦しみを耐え忍べと!?
すべてを一方的に奪われて、損をして終わりか?」
「・・・いい。
それでもいい。オレは。」
「嘘だ。
嘘を言っている。
された仕打ちを返さないと、人は満足することはないのだ。」
「そうした心がオレにもないわけじゃない・・・。
ある・・・あるんだ。
たしかに。
だけど・・・オレは信じたいんだ。
人の〈たいせつ〉というものを。
目の前にいるこの女を・・・オレはずっと恐ろしい人だと思っていた。
尊敬することもできなければ、感謝することもできない・・・。
愛という名目で・・・お前のためという名目で・・・こころの奥底に数えきれないほどの傷を負わせてきて、それを自己責任にしてきた。
だけど、今、オレの目には、ただおびえて、苦しんで、何かを守ろうとして強がることでしか生きていけない弱い女のようにしか見えないよ・・・。
多分、この人自身そのことにずっと気が付いていないだけだろうけれども。」
「ええい!とっとと傷つけろ!」
兵士はハルの手を取って、シャンディを殴らせた。
「母さん・・・父さん・・・なんでわたしのことをいじめるの・・・?
いたい・・・いたい・・・やめて・・・助けて!」
その言葉を聞いた瞬間、ハルはいたたまれない気持ちになった。
きっと、彼女も・・・そうされてきたのだ。
「・・・ここじゃないどこか・・・幸せで自由な国に行きたいよ・・・。
こんな世界は嘘だ。嘘だ。
みんなみんななくなっちゃえばいいんだ。
本当の世界がどこか山奥にあって・・・そこでは優しい王様がいてね・・・
わたしを守ってくれて、
わたしの頑張りを認めてくれて・・・
みんなみんな、いい人ばっかりで、王さまの教えをきっちり守っているの・・・」
シャンディはそのままうなだれた。