成長
「ハル君、変わったねえ!」
「本当に成長したねえ。」
オレは、周りの大人たちからよくそう言って褒められるようになった。
「あなたも昔はもっと、ぼけっとしていて、あまりトルテ様を信じていなかった感じだったけれど、今は、忠実なトルテ様の小臣民だわね。」
「うんうん」
「本当に」
「神聖ザッハ・トルテ帝国のためにもっともっと役に立てるわね。」
「ここまで立派に育て上げられたシャンディ・ガフお母様はとても良い方ですね。」
シャンディは人の前ではいつもニコニコと可愛く振る舞っていた。
わざとらしく「いえいえ、そんなことありませんよ。」という。
「ハル君は幸せだねえ。
うらやましいわ。
本当に、お母様に感謝しなきゃダメだねえ。
あなた一人にお金をかけて、どれだけ苦労されてきたことか。」
オレは笑って「そうですね」と答えた。
全ての困難を逃げることなく、前向きに受け入れ、乗り越え、耐え忍ぶことでオレは「成長」した。
だけど、そのたびに、オレの頭の中に、心の中に、白い穴が空いていき、そしてその穴から血液に乗って全身に何かわからない鉛のようなものが広がっていくのだ。
全身を駆け巡ったそれは、小さな小さな見えない棘になって、心臓をちくりちくりと刺し続けていく。
激しく燃え上がるような覚醒の歓喜があったかと思いきや、その夜はまるで真っ白に燃え尽きたように全てが無意味に感じられる。
むなしい。
空虚。
孤独。
寂しい。
そこに、オレはいない。いないのだ。
いや、どこにもオレはいない。
いることができない。
みんなが笑っている。
集まって話をしている。
そこにたしかにオレの身体はある。
だけど、そこにオレはいない。
かなしい。
だけど、誰に、
誰に、
どうやって伝えればいい?
表現すればいい?
許されない。
そんなことは許されないのだ。
・・・ふとそんな思いがわかないわけでもないが、
できるだけそんなことは思わないように思わないようにする。
それもオレの前の人生から繰り返しやってきたカルマが浮き出ているだけに過ぎない。
それは、きっと気の迷いだ。
ただ、自分の心がつくりだした幻影にしか過ぎない。
克服するコツがある。
もっともっと、本気でトルテ様のことを信じ、実行に移すことだ。
迷いが出たら、すぐさま心の中に立派な服を着たザッハ・トルテ王の姿を思い浮かべるのだ。
そのこととで、宇宙皇帝陛下と一体となり、自由になっていく。
***
トルテ王は、人類史に永遠に刻まれる空前絶後の偉業を次々と成し遂げていった。
トルテ帝国の臣民たちは、広場で、映像受信機の前で、その瞬間を固唾を呑んで見守った。
歴史としてはこんな感じであり、子供でも知っている「常識」である。
・トルテ王、現代科学では解明できない宇宙に漂う暗黒物質の正体を完全に見極め、操ることができるようになる。
・トルテ王、地底人文明とコンタクトを取り、彼らを味方につける。
・トルテ王の調査により、太陽や月、木星や冥王星にも人類が生きており文明があることがわかり、そこに進出し、領土を広げてゆく。
トルテ王が行くところ、それぞれの星は喜んで服属した。
・人類は滅亡の危機にあったが、たった一人現れたヒーロー、トルテ王の愛のパワーで危機は回避される。
・トルテ王、「太陽系連合」から「太陽系皇帝」の称号を賜る。
・さらに、トルテ王は百億千万年前から存在していた「宇宙王」であることが公式に大宇宙連盟から認められる。
・宇宙史上初の宇宙の果てまで到達したトルテ王は、大宇宙連盟から「宇宙皇帝」として認められる。
歴史が宇宙史上最大の奇跡を一歩一歩記録していくごとに、群衆は熱狂、歓喜し、昼も夜もなく踊りあかした。
神聖トルテ王国臣民は、まさに全宇宙で特別な選ばれし、「宇宙最高民族」という称号を手にすることとなった。
そしてついに、十三歳になったオレは晴れて、宇宙最高民族の成人した民として、首にブレスレットをつけてもらう日が来たのだった。