願い
マスターはつぶやいた。
「そろそろ、〈時〉が来たようやな。」
マスターは、冷たい汗を流していた。
メープルの村に夜が来た。
星が降ってくるように輝いていた夜空は暗黒に包まれており、時折、赤黒い〈ブラック・サンダー〉が唸り声をあげる。
マスターはゴルゴン・ゾーラの触手が脈打つ真っ暗闇の道をひとり行く。
墓場からは、静かに眠ることのできない霊魂の呻き声が風に乗って聞こえる。
丘の上まで来ると、マスターは膝をついて激しく天に向かって〈まじわり〉を試みた。
真っ暗闇な虚無と虚空が一切をかき消してゆく。
マスターについてくる者は誰もいなかった。
マスターはいつも、見えないところでみんなと一緒にいた。
しかし、マスターと一緒に居てくれる人はいない。
ソラたちは、連日の戦いと旅の疲れからぐっすり眠りこんでしまっていた。
「〈君〉よ!〈君〉よ!
〈永遠の君〉よ!」
マスターは呻くように叫んだ。
天は見えない。
マスターと深く深く一致していた〈永遠の君〉は闇の中で沈黙を保ったままだ。
それまで、〈はじめのこころ〉に対して語り掛けることも、聴くことも、いつも〈永遠の君〉が一緒にいて、その深くささやかな声なき声のうちに交わることだった。
しかし、今やマスターのもとには、まったく〈永遠の君〉の存在が感じられない。
あるのは、自分の身にこれから起こる絶望・・・。
「逃れることはできるやろう・・・。
また、〈永遠の君〉に不可能はない。
なぜなら、この宇宙の根源にある無限の力であるから。
私はそのことを信じていないとでも?
いや、信じている。
私は常に〈わたし〉から〈君〉に完全に自らの〈こころ〉を捧げている。
すなわち、完全に無私なるこころであり、自己中心的な在り方から、すべてが開かれている。
ほんとうに〈交わる〉人は、〈君〉が語られるのを体験する。
このことにおいては、
話すよりも聞くことが大切や。
見ようとすることよりも、見られることが大切や。
・・・そして、時に、
その語りかけは、
自分が望んでもいなかったこと、
期待もしていなかったことが示される・・・。
しかし、私は、技術・・・テクニックによって、〈永遠の君〉の姿を見たり聞いたりしようとは思わへん。
〈はじめのこころ〉に思うように姿を現すようにさせる方法なんかあらへん。
〈君〉はいつでも、どのようにでも、ご自分のお望みのままに、私たちにご自身をお伝えになる。
求めるのは、表面的に物事がうまくいくことや、成功することやない。
ただ、〈君〉だけを・・・
〈君〉のねがいと〈君〉との交わりを求めとる。
沈黙は・・・〈君〉がただ何も語りはらへんということだけやありません。
もう一歩先に進まなあかん。
つまり、完全に自分自身のすべてを捧げること、
限りなく〈君〉を信じて委ね切ること。
もっともっと、その先に予想もしないようなええことがあるってことへ歩むために。
ああ、、、それでも〈君〉は私を招いておりはる。
わたしは、完全な自由を〈君〉に譲りましょう。
そこにおいて、わたしは完全に自由です。
望まれるときに語り、望まれるものを与え、望まれるようにご自身を与えてくださるために。
・・・わたしは願おう。
重荷を軽くしてほしいと願うまい。
私をしてより重い荷を背負わせてください!
そして、〈君〉よ!
もう、話す言葉はありません。
しかし、ただ、〈君〉をこの全生命をもって〈たいせつ〉にさせてください!
一緒にいて欲しいのです。
みんなと一緒に。」