私を食べなさい
「えっ?」
マスターの言葉にみんな驚いた。
「この私も、実は〈秘密の食べ物〉なんや。
というよりも、プリン島のものにも先立って存在した〈秘密の食べ物〉こそが、私のいのちなんやで。」
レイが驚く・・・。
「そんな・・・だけど、マスター・・・まさか、あなたが自分のからだを差し出すなんて言うわけじゃないよね。」
マスターは即座に言った。
「私を食べるんや。
私のいのちを食べるんや。
もし、私を食べるんやったら、
永遠に生きることができる。
もう、死ぬことがない。
もう飢えたり渇いたりすることはない。
生命にみたされる。」
「・・・マスター・・・何を言っているの?わからない。」
マスターは語り始めた。
「〈わたし〉なしに、〈わたし〉の外であなたたちはすべてを探そうとしとったな・・・。
あなたたちは、自分の力だけで・・・自分の考えだけですべてを見つけるやろうと考えとった。
一体何を発見した?
新しい学びや発見に出っても、その先にはいつも疑いがあった。
あなたを宙ぶらりんにする不確実さもあった。
すべての理想は打ち砕かれ続けた。
自分を確信過ぎるばかりに自分を疑うまでになったんや。
〈わたし〉を知らへんことは、本当に大切なことをしらんということや。
あなたたちは〈こころ〉の花びらを一枚一枚はぎ取って
ついには、手のひらには裸になった色も形もない哀れな茎だけが残った。
技術はあなたたちを〈こころ〉のないからくりにした。
あなたは一つの部品になりはて、ほんとうのいのちの鼓動もない。
すべては一つやと気がつこうとして、
こころを落ち着けてみたり、
秘密のことばを何度も唱えてみたりしたり、
大きな気づきを得ることができた。
そして、散らばったメロディーのいくつかはあるべきところにおさまった。
そう・・・だれもが一つになりたいと望んどる。
しかし、誤ったやり方を取ってしまった。
それが、支配と服従や。
人を支配し、傷つける人びとは孤独で息が詰まりそうや。
そこから逃れたい。
だから、他人を自分の一部にしようとする。
自分だけを偉いと思い、従う他人を取り込むことによって自分自身を膨らまそうとするんや。
支配する方も、支配される側も、どちらも依存している。
どちらも相手なしには生きては行けへん。
服従する方も、自分自身であることをやめて、自分の外にある人の道具になりさがる。
どちらも永遠にほんとうの意味でひとつになることはできへん。
そのことを〈たいせつ〉や勘違いしとる。
そのことこそが、不幸の源なんや。
成熟した〈たいせつ〉は、その人がその人自身であることをよろこぶ。
そして、自由と空間を尊重する。
自分はそのままの自分でありながら、そのままの相手を認め、受け入れ、そのことによって一つになるんや。
〈たいせつ〉はこころの壁を壊して橋を架ける。
このことは、いつも受け身ではあかん。
いつも自分から・・・自分から与えていかへん限りは無理やねん。
誰かが、自分に対して何かしてくれるのを待っとったら永遠にあかんねん。
〈たいせつ〉は自分から行うことや。
つまり、人のために何かをするんや。
それで、人は寂しさや孤独や不幸を乗り越えていくことができんねん。
やけど、あなたは依然としてあなたのままや。
いや、あなたが本当にあなたであるためには、あなたはあなたのことを捨てなあかん。
自分自身のことばかりにこだわっとったらあなたはあなた自身を殺してしまう。
やけど、周りの人びとを〈たいせつ〉にすることで、あなたはほんとうのあなたになるんや。
〈たいせつ〉の中では、二人が一つになる。
しかも二人であり続けるという矛盾が起こるんや。
ひとつの〈はじめのこころ〉においては、そんなことがおこりうるんや。
〈たいせつ〉ゆえにそんなことが起こりうる。
やから、
〈わたし〉と、〈永遠の君〉はおなじ〈はじめのこころ〉でありながら、別々の〈わたし〉や。
それでいて、たったひとつのおなじ〈こころ〉やねん。
そして、その〈こころ〉はただ〈たいせつ〉・・・〈たいせつ〉にするという意志なんや。
自分自身を、自分の一番大切な生命までもを与えつくすのが、〈たいせつ〉ということなんや。
それは自分自身を犠牲にすることやない。
まずは、自分を〈たいせつ〉にするんや。
同じ〈たいせつ〉を周りに配るんや。
そうしたら、周りの〈たいせつ〉があなたに流れ込んでくる。
自分の中に息づいているものを与えるねん。
よろこび、興味、ユーモア、哀しみ・・・
ありとあらゆる自分の中にある生命を与えるんや。
このように自分の生命を、自分の〈こころ〉を与える。
そうしたら、自分の幸せは高まり、人も幸せになる。
貰うために与えるんやない。
与えることそのものがよろこびなんや。
与えれば与えるほど、あなたは幸せに豊かになるやろう。
また、相手のうちに芽生えたことを見ること。
そしてそれを分かち合うことや。
与えるといっても・・・ただモノだけを与えるとか、
一方的に何かしてあげるだけやない。
相手を知り、こころにかけて、必要なものを必要な時に与えることや。
相手の〈こころ〉の成長にこちらから気遣い、関心をもつっつーことや。
わたしたちは、
みんなひとつの〈はじめのこころ〉からうまれたひとつのものや。
おなじように、私たちひとりひとりも唯一無二のものや。」
このあふれてやまぬ〈たいせつ〉のこころ・・・
これこそがマスターの秘密なのだとわかった。
「あなたたちの孤独を満たすことができるのは〈わたし〉や。
わたしは、あなたが逃げる時も、見失ったときも、あなたを〈たいせつ〉にしとる。
そして、この世界のなによりもあなたを〈たいせつ〉にしとる。
なぜなら、〈ともだち〉のために、生命を捨てるわたし以上に、あなたが〈たいせつ〉なものは誰もおらへんのや。
わたしはこの世界の終わりまでのあらゆる日々に、あなたと一緒や。
どこまでも一緒に行くで。
あなたたちは、わたしを求めながらも、わたしから遠くに居て、
わたしなしに喜びを探した。
そして、大きな水に飲み込まれ、
腐る食べ物に押しつぶされる。
その水はあなたたちの喉の渇きをいやさず、
その食べ物はいくら食べても満たされへん。
やけど、
わたしがあなたに与える水を飲むんやったら永遠に渇かへん。
わたしのからだを食べるんやったら、永遠に生きることになる。」
マスターは、深く念じた。
すると、〈永遠の君〉がマスターと共におられるのが見えた。
ソラは気が付いた。
「いや、違う。
〈永遠の君〉ご自身が、永遠で無限である自分の姿をはっきりとこの世界の中に刻み付けるようにして、マスターを遣わしたのだ・・・。
〈永遠の君〉の一番の〈たいせつ〉が、マスターとなり、そのいのちのすべてを僕たちに与えつくそうとしているんだ・・・。」
バチバチと音を立てて、マスターの周りに光が現れる。
そして、自らを捧げるための祭壇が用意される。
レイが叫ぶ。
「マスター・・・どうか私も私のからだといのちを差し出します。
だから、どうか・・・ひとりでいのちを失わないでください!」
ソラも飛び出した。
「僕は・・・何も持ってない。
だけど、何かできるんだったら、僕自身を差し出します!」
ハルとメイは、何かしようという気持ちはあった。
しかし、どうしていいか分からずにただ慌てふためくだけだった。
「ドンッ!!」
・・・その時、
扉が蹴り飛ばされた。
入ってきたのは、兵士たちだった。