覚醒
王国ではザッハ・トルテの理論に照らし合わせて、常々自分の想いな行いや言動が〈真実〉に反しないか、反省することが一つの義務とされた。
ザッハ・トルテの法に反する考えや想いを抱くことがあったらそれは暗黒に通じる道であるので、直ちに修正していかねばならない。
小臣民たちは、常々互いに、互いの言動や行いを監視し合い、ザッハ・トルテの理論に反しないかチェックしあい、相互に批判をしあった。
そして、日々、「理論」に基づいて、自己反省を行うことが義務とされた。
自分は、ザッハ・トルテ宇宙皇帝とその理論と国に疑いを抱かなかったか。
美しい心・素直な心・透明な心で、ザッハ・トルテ理論を受け入れることができたかどうか。
仲間の欠点を見つければ見つけるほど「ポイント」は上がった。
さらに、欠点を直す傾向のない者はゴールド以上の身分の者に報告することによって、さらに「ポイント」が増えるのであった。
指摘された者の「ポイント」は奪われ、指摘したものに与えられる。
そして、指摘したものの名前は知られることはない。
ザッハ・トルテの宮殿には常にザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下がおわして、この世界のすべてだけでなく心の奥底までもを見通していると信じられてきたので、隠し事は何ひとつできなかった。
少しでも、他人とずれた言動や行いや振る舞いはすべて欠点とされ、それを報告することは「いいこと」だった。
報告者同士は徒党を組んで固まり、こそこそと、集団から外れた人間の「おかしなところ」をささやき合うことで団結した。
そうしたことは、公式に王国で奨励されていたので、だれもが徒党を組み、そこにいない誰かの欠点を見つけでっちあげるるのに血眼だった。
その徒党から抜けた人はすぐさま密告の対象となった。
そして、その日から住んでいる場所が何者かに侵入されて荒らされたり、動物の死骸を置かれたり、夜中に壁をドンドンと叩かれたり、壁から誰かが聞き耳を立てていたりということになる。
もちろん、それらは、本人の自己責任であり、自分で望んだ自分の引き寄せたことであり、
前の人生で犯してきた罪の清算として前向きに捉えられる。
徒党に入っている間は安心だったが、いつその徒党から外されるか分からぬ。
なので、徒党の誰もがかならず一つは誰かの「法違反」を指摘することでその集団に所属しようとした。
幸いなことに、嗤われたり馬鹿にされたりすることはあるものの、オレはなんとか徒党の中に組み込まれそこから外れることはなかった。
それに、しばらく耐えて、その場に溶け込む努力をしていると、
いつのまにか居心地の良さを感じるものなのである。
***
「肉体や物質は存在しない。あるのはただ精神、想いだけ。」
こんなこともトルテ理論から繰り返し教えられたことだったが、それを実証するような出来事があった。
雪が骨まで染みるように吹き付ける日のことだった。
オレは高熱を出してうなされていた。
「熱を出したのは、誰のせい?」
前日、オレは、「自ら望んで」、下着だけで寒空の中、ベランダに立っていた。
その後、「自ら望んで」、布団なしで一夜を過ごしたのだ。
「自分のせいです!」
「そうね。正解。」
シャンディはスリッパでオレを叩いた。
「そこまで分かっていながらなんで、わざわざ熱なんか出したの?
アホじゃない?」
「その熱もあなたが生み出した幻想よ。
心の中で、熱などないと完全に観ずることが出来たら、すぐさま病は消滅する。
治らないということは、精神がたるんでいるからなのよ。
真実の世界には熱も病気も存在しない。
病気に見えているものを作り出しているのは、全てあなたの深い心。
そもそも、あなたが望んでいるからそうしたものが出現するの。」
オレは、ふきすさぶベランダで何とかそう念じようとした。
しかし、いくら念じようとしても、この身体の内を駆け巡る痛みや熱さ息苦しさは打ち消せるものではない。
「念いの力が足りない!」
そう怒鳴ると、シャンディはオレにこう命じた。
「あなたならできる!外に出て、全力で走りなさい!」
フラフラになりながら、外に出る。
バシャアアアン!
氷の入った水をかけられる。
そして、雪混じりの強風の中を何時間も走る。
「死ぬ気でやりなさい!死なないから!」
風邪を引いたり、熱を出したりした時、あるいは、骨折したり、胃痙攣を起こした時で治療とはいえば、いつもこんな具合である。
肉体の痛みは全て幻想。
暗黒や本人の暗い想念のなせるまやかしであり、ないと思えばなく、あると思えばあるのである。
「そんな暗い顔をするな!
笑顔!笑顔!元気を出せば健康になるわよ!」
その様子を見ている、国民たちは、皆こぞって応援する。
「がんばれ!がんばれ!負けるな!負けるな!」
その様子を見て涙を流す者までいた。
感動していたのだ。
意志の力に!
ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下様への忠誠に!
*
神聖ザッハ・トルテ帝国内にたしかに医者はいる。
はじめ、彼らは、低い身分とみなされていた。
なぜなら目に見えるものしか信じない、物質主義者、悪徳詐欺師ということで、あまりかかることは勧められていなかった。
そのためか、そのうち、この国の医師たちはこぞって、物質主義的な医療を放棄しはじめた。
あらゆる医療器具や薬は悪魔の道具として処分された。
そのかわり、彼らの治療は
患者の心の奥底にあるイメージを書き換えることであるとか、より一層ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下に近づくことの手助けとなった。
また、すべての病気の原因は、本人がザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下に対して悪い想いや行いを持っていることが原因であるということは、ザッハ・トルテ国内の多くのデータによって科学的に証明されている真理であった。
つまり全ては本人の自己責任であるのだ。
病気になった患者には、なんらかの罰が与えられた。
もっとも良い治療法は、患部に対して、ザッハ・トルテ理論を読誦することなのである。
そうして、病気を創り出していた暗黒にザッハ・トルテの光を当てることによってみるみるうちに病気は回復していく。
また、ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下の声を聞いた水を飲んだり、かけたりするだけで、病気は治るのだ。
というのも、万物はザッハ・トルテから生まれ、ザッハ・トルテのために存在し、ザッハ・トルテを称える存在であるが、とりわけ水はエネルギーを記憶し保つ働きがあるのだ。
ザッハ・トルテの声を聞いた水がこの世で最高に美しい結晶を作り出すことはこれも国内最高峰の科学者たちがこぞって認めている事実である。
ちなみに、水の結晶の美しさは、やはり声の持ち主がプラチナ、ゴールドと下がっていくごとに乱れて醜くなり崩壊して悪魔のような姿になっていくことが確認されている。
普通の風邪程度であれば、ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下の波動を入れた水を飲んで、前向きなこととザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下様の光についてひたすら瞑想していれば、一週間以内で治る。
それで病気が治らないということは、やはり信じる力や帰依する姿勢が弱いからなのである。
もし、「納得できない」としよう。
しかしそれは闇の力が、ザッハ・トルテの真理の光を入れるのを邪魔しようと妨害しているからそう思うわけなのである。
それがまた不幸や病気の原因となることも、実験と観察によって実証された科学的真理なのである。
全ては、想いがつくっている。
それでもなお治らない場合がある。
その根本原因というのは、さらにその前の人生や、前の前の人生を千年、万年と遡っていかなければならない。
その時に、その人は、とんでもない罪を犯したのだ。
時代が遡れば遡るほど、医師(ザッハ・トルテ公認)に感謝の気持ちとしての「お礼」も増えていった。
それでも治らない場合もある。
それは、宇宙に存在する悪質なエイリアンが攻撃を仕掛けているからなのである。
まず、どの星からを特定するのに「感謝の気持ちとしてのお礼」がブロンズ半年分の労働分必要で、どのタイプのエイリアンかを特定するにも、お礼としてシルバー一年分くらい必要なのである。
最も大切なことは何かお分かりだろうか。
それは、神聖なる宇宙皇帝陛下ザッハ・トルテ様を信じてわずかも疑わないことなのである。
そして、感謝の気持ちを忘れないで行動に移し続けることである。
お礼として。
そうすれば、「必ず」百パーセントの確率で病気は治るのだ。
なぜなら、「失敗」はない。
それは肉体感覚が生み出した虚妄であり迷妄であるから。
そうしたものをカウントすると、それは現実になる。
したがって、意識の上に登らせなければ、見たり、語ったりしなければ、それは実質的には「存在していない」ということと同じなのである。
*
身体は骨の髄からガクガクと震え、やばい感じの震えが止まらず、歯はカタカタとなりまくり、関節という関節は熱く痛む。
雪が直接肌に吹き付け、気を失いそうになる。
頭の中に金属のタワシが駆け巡るように痛い。
立っている、いや寝て息をしているだけでも限界なのに、オレは走らなければならない。
ふと、こんな想いが出てくる。
「死ぬ、、、このままじゃ、本当に、死ぬ。」
「死ぬとか、やばいとか一瞬でも思った時点でお前の負けだ!」
シャンディの怒鳴り声が聞こえる。
「わずかでも、肉体が存在するなどという想いが精神を上回ったら、お前の一生は肉体の牢獄の奴隷だ!
信じろ!
信じるんだ!
自分は完璧に健康だ!健康なんだと!」
「うおおおおおおーーーー!
オレは健康だーーー!
オレは健康だーーーー!」
そのまま、オレは絶叫しながら、雪の降る街の通りをひたすら走り続けた。
「もう限界だ」
そこを超えた時だった。
「!?」
突如として、自分の中で、
何か眠っていた無限のエネルギーが爆発を起こすように溢れ出してきた。
オレはまるで、自分が別人のようになったように感じられた。
身体は軽くなり、いくら走っても全く疲れない。
それどころか溢れるばかりの多幸感が。
オレは、完全なる自由を体験していた。
肉体や自我を超越したのだ。
急にすべてが一つになった感覚を味わった。
一点に集約された、何かと繋がった感覚だ。
地面の感覚はまるで月の上のよう。
その時オレの目の前にザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下が現れ、誘導してくださった。
なんと慈愛に溢れた神々しい姿か。
肉体を持ってか、意識体としてのそれかは判別がつかないがそんなことはどうでもいいことだ。
全てが一つに繋がっているのだから。
その誘導でエネルギーが劇的に目覚めた。
強い実感を味わえた。
本当に嬉しい。
涙が出てきて止まらない。
今まで一度も感じたことがないものすごいエネルギーがオレの中に眠っているなんて、、、。
本当に凄い。
今まで、オレはこのために生きてきたんだということがはっきりわかった。
身体は驚くほど軽くなり、今まで死にそうだと思っていた肉体は生命力に満ち溢れていた。
全てから解放されたことが感じられる。
自分には何でもできるということがわかる。
宇宙の源にオレがいるのだ。
この肉体は仮の姿なのだと気が付き、ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下は真実の宇宙最高存在なのであると分かったのだ。
至福!至福!至福!
ああ、何という至福!
目が覚めると、熱がスッカリ引いてしまっていた。
三日間、ずっと気を失っていたそうだ。
「勝利よ!
ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下を信じ切ったことによる勝利よ!」
シャンディ・ガフは両手を広げて叫んだ。
この出来事にはオレ自身驚いた。
そして、手を広げるシャンディに涙ながらに抱きついた。
「ありがとう。」
ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下の言うことには何一つ誤りのない完璧な正しさがあるのだということを、オレは体感した。
目覚めたオレにとって、世界はまるっきり変わったものになった。
「ハル、あなた、熱を消したくらいで調子に乗っちゃ、ダメよ?
それはあなたの力じゃないの。」
「はい。」
「誰のおかげ?」
「宇宙皇帝陛下ザッハ・トルテ様のスーパーヒーリング能力のおかげです。」
「そうね。
熱の原因は全てあなたにある。
あなたが生み出した自業自得だということを忘れないで。
ザッハ・トルテ様レベルになるとすごいんだから。
ただ、イメージするだけで、銀河系を創り出したり、気に入らないものは一瞬にして消すことだってできるんだから。
ほら、あの太陽だって見ればわかるでしょ?
ザッハ・トルテ様がつくられた痕跡がありありと見える。
トルテ様の服の色と同じでしょ?」