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出逢い

ソラは何かひとすじの輝く風がこころのなかを通り抜けていくのを感じた。


「フワッ」という感じが正しいだろうか。

いや、「キラッ」というべきか。

ふとソラは自分のうしろに「何か生き物のようなもの」の気配を感じた。


「な・・・何?誰?」

振りむいても、そこには誰もいない。


その何者かは、どうもソラの頭の斜め上のあたり、いつも手の届くほどの距離に浮かんでいるように感じられるのだが、そんな気がするだけだろうか。


「まあいいか。

そんな不思議なことがあっても別に不思議じゃない。」

そんな矛盾したことをつぶやき、村の通りを歩くことにした。


「・・・・うーん、なんとなく、なんとなくなのだけれども、例の頭の斜め上に浮いているモノが、ぼくを導き、引っ張ってくれているような・・・そんな気がするんだがなあ。」


「おう、ソラじゃないか。どこへ行くんだい?」

村人が話しかけてきた。

「その・・・旅人という人が気になって。」


「ああ、あの人か。

面白くて、ためになる話をしてくれる人だよ。

上手くは言えないのだが―話を聞くだけで、もともとわしらが持っていたけれど、いつの間にかすっかり忘れてしまったような大切なことを思い出させてくれる。

いやあ、聞けて良かった。

ソラも会ってみればいいんじゃないか。」


村の人々は、似たようなことを口々に言った。


「あの人なら…そういえば森の方に向かったかな。」


ソラの足は、森の入り口に足が向く。

一面の緑と土の香りが全身を包み、足の裏や皮膚を通して、大地とつながっているのだという感覚を覚える。

ソラはおもわず早歩きになる。


「〈私〉こそ道だ。行くがいい。」

そんな声が

ソラの上から響いた。

しだいに歩くスピードは速まり、いつのまにか駆け足になっていた。


緑の木々の中に、一本の茶色い道が続いている。


「きっと・・・この先に。ぼくを遠くまで運んでくれる〈風〉が吹いているはず!」


タッタッタッ・・・

ソラの足音と荒ぶる呼吸だけが緑の中にこだまする。

池を横に見、橋を渡り、森を通り抜ける。

すると、そこには一本の大きな木が生えていた。

その向こうには、一面見渡すばかりの花畑が広がっている。

蝶たちが踊るように飛び交っている。


不思議な世界に迷い込んだような錯覚をうけた。

あまりの美しさに、

「ここは本当にこの世界なのだろうか。」と足を止めて息をのむ。


「よく来たな。待っとったで。」

「その人」は、花畑を背景に振り向き、ソラにまなざしを向けた。

その瞳は、いま背後に広がっている雲一つない一面の青よりも澄み渡っていた。

その瞳、その微笑みが、すべてを物語っていた。

同時に、ソラの身にこれから開けてくる大いなる旅の始まりを予感させた。


「私は、マスター・エッグタルト。いつも、〈マスター〉とだけ呼ばれとるよ。」

「ぼ、ぼくはソラです。」

「あなたと出会うことは、わかっとったよ。

なぜなら・・・ソラ、あなたは〈ダイモン〉を持っとる。

〈ダイモン〉があなたを私のところまで連れてきてくれたんやろう。」

〈マスター〉の口調は、真面目ぶらず砕けていながらとても優しくて穏やかで、どこか人を安心させる響きがあった。

「〈ダイモン〉・・・?なんですかそれは?」

「うすうす気がついとるかもしれんけれどな、ソラ、あなたのちょっと斜め・・・おるやろ。〈光〉が。その光でできた生きもんや。」

そうマスターが言うと、ソラの後ろからぴょこっと顔を出すものがいた。

それは、光の玉であったが、小さな獅子のようにも見えた。


「ダイモン。

それはもともと人間であれば誰にでもついている専属のパートナー役みたいなもんやな。

誰にでもダイモンは存在しとるんやけど、それに気がついて、コンタクトを取り、しっかりとメッセージを受け取ったり、交わったり出来る人というのは、どれくらいおるやろうねえ。」


この時、ソラはとても心地のいい「リズム」を風の流れのうちに感じ取っていた。

それは、目に見える因果関係や論理をこえたひとつの心地よい宇宙的な「流れ」とでもいうべきものであった。


どう説明すべきかは、分からない。

例えるなら、美味しい味や、香りを言葉という「道具」では再現できないように。

こうした存在の奥底の心地よさも、「どういうことか」ということは、味わうことなしには分からないものなのだ。

ギターが調和した和音を出すように、ソラのこころの中にある「弦」が秩序正しく震えると、それは宇宙の秩序と呼応して、ダイモンの姿を生き生きとあらわした。


「親しい呼び名を付けてあげるといい。

これから先、知らないところでいつもソラのことを助けてくれるだろうからね。」

ソラは、マスターに言われた通り名前を考えた。

ソラは、「ヒカリ」という名を自分自身のダイモンに付けた。


「ダイモンは、いつも、寝ている時でさえも、君のことを守ってくれている。

君がもし、道を踏み外したり、間違った生き方を続けた時には、とても分かりやすいサインを出してくれるだろう。

また、もし君の生き方が正しいものであるならば、君の心は幸せな感覚で一杯になるはずだ。

どうか、このヒカリの声にたびたび耳を傾けて欲しいのだ。」



ソラは何か話そうとしたが、一言も言葉が出てこなかった。


マスターがソラに聞いた。

「ソラ、あなたはどうなりたいのか。何を欲しているのか。」


思わずこぼれ出てきた言葉がこれだった。

「・・・今日は、どちらへ」


ソラ自身、この返答がちぐはぐなもので、自分自身でも何を言っているのか分からなかった。

しかし、いえることは、

「この人の口から出てくる言葉を一言一句残らず心にとどめておきたい」ということだった。

いや、言葉だけでなくて、立ち振る舞いやその背中も。

もっといえば、「この人の〈存在〉の不思議な魅力の源泉を汲み取り、自分自身その源につながっていたい」、そんな憧れであった。


マスターは微笑んだ。

この人の存在は、たしかにどこからどう見ても普通の人間だ。

ソラや村の人々と何ら変わることのない。

しかし、この人からあふれ出すエネルギーやオーラは何なのか。

それを形作っているものは、今までソラが出会ってきたどんな人間とも違うものだ。

それは、どこか「単なる人間」の力をこえた次元のもののように感じられたのだった。


ソラは自分のこれまでの生き方や在り方を恥ずかしく思った。

―マスターに対するあこがれが強くなればなるほど。

一緒にいることすら恐れ多くなって、むしろ消えてしまいたい気持ちにかられた。

自分がいかにちっぽけで、そして自分の事しか考えていない汚れたこころを持った人間かと言うことが否応にもなく身に染みたからだ。


「おいで。ソラ。」

うつむいているソラにマスターは優しく声をかけた。

「だいじょうぶだよ。」


―「だいじょうぶだよ。」

この言葉を、のちに何度聞くことになっただろうか。


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