ともだちのために
さらに、
〈わたし〉も消え、〈君〉も消え去ってしまった。
もちろん、名前などは突破している。
あらゆるイメージから離れ去った、絶対的な「ない」。
無
無
無
そして、その無こそは、無限のありとあらゆる存在の源なのであった。
「戻ろう。
そして、行こうやないか。」
マスターの声が響いた。
「真の〈たいせつ〉―――
それは無限に〈たいせつ〉にする〈永遠の君〉のこころと一つになることや。
真の〈たいせつ〉に生きる人は、〈ともだち〉のために死ぬことすらできる。」
「〈ともだち〉のために・・・死ぬ・・・?」
「〈ともだち〉のためにその命を捨てること・・・それこそが一番大きな〈たいせつ〉やねんで。」
彼らは、まだマスターの言いたいことが分からなかった。
「それが出来たら・・・あなたたちはもう、私の〈ともだち〉や。
先輩と後輩、師匠と弟子やない。
人間にとって本当に不幸せなこととはたった一つのことや。
それは、〈永遠の君〉に〈たいせつ〉にされているということを信じることができんこと。
そして、その〈たいせつ〉のうちに生きることができんことや。
それはつまり、
〈我〉を中心にしてすべてを行い、
〈たいせつ〉にすることを忘れて生きる、ということやねん。
それは、生きながら死んどるようなもんや。
なぜなら、〈たいせつ〉だけが永遠のいのちなんやから。
さあ、行こか。
〈種〉をまきに。
もし、種の一粒が、まかれずに実を出さなかったら、それはそのまま一粒のままや。
やけど、もしそれが死ねば、芽を出しいずれ豊かな実をむすぶ。
このことは、生き方にも言えるで。
じぶんのことしか考えとらんとかえってそのじぶんまで失ってしまう。
やけど、じぶんを捨ててまで〈たいせつ〉にしようとする人は、本当のじぶんを手にすることになる。」
ドラゴンは再び地上に戻ってきた。
そこは、廃墟となったメープル村だった。
世界にはゴルゴン・ゾーラの根が血管のように張り巡らされており、脈を打っていた。
また、大地はところどころ乾ききった肌のようにひび割れていた。
太陽は光を失っていた。
濁り、よどみ、重くなったゾーラの氣が地上を覆い、人々の身体の内側にまで入り込もうとしていた。
「ああ・・・このぶんだと、メープル村も荒れ果てて人の住めるものではなくなっているだろうなあ。」
ソラはそう思いながら、とぼとぼと歩いて行った。
ところが、村の方から聞こえてくるのは、まるでお祭りのような騒ぎ。
それでも、人々は荒れることなく協力し合って助け合いながら町を復興させようとしていた。
村人の笑顔は失われるどころか、ますます輝いていた。
「みんな・・・」
ソラはそれを見て嬉しくなった。
そして、駆け出していった。
「人は・・・ほんとうは、優しい・・・優しい存在なんだ!
緊急時に現れる人間の本当の姿とは・・・助け合う優しい姿なのだ。」
「そうだよ!
こんな時に負けてたまるか!?」
マスターとソラたち一行の姿を見た村人たちは、彼らを酒場に連れていきもてなした。
酒場はところどころ壊れて焼けたところもあった。
しかし、
「この広い大空こそが本当の天井だ!」
とばかりに、明るかった。
時折、マスターは天を仰いで、笑顔のままだが、思いつめたような顔をしていた。
しかし、そのことに気が付くものはいなかった。