法と裁判官
「簡単なようでいて、実はできていないことがある。
それは、自分自身を〈たいせつ〉にするということや。」
「自分自身を〈たいせつ〉にする・・・。」
「そう。
〈永遠の君〉は、あなたを〈たいせつ〉にしている。
だから、あなたがあなた自身を〈たいせつ〉にしてほしいと願っとるんやで。」
みんなは、それまで自分自身を〈たいせつ〉にしていなかった自分に気がついて、涙がこぼれた。
そして、そのことに気がいて自分に「ごめんなさい」を言っただけで、〈たいせつ〉が自分の中に流れ込んでくるのが分かった。
「自分自身を〈たいせつ〉にしたら、
次に、すべての人を自分自身のように〈たいせつ〉にするねんで。
ある人への〈たいせつ〉が、自分への〈たいせつ〉より小さいならば、あなたは自分自身を真に〈たいせつ〉にしはじめてはおらんのやで。」
「・・・すべての人を自分自身のように〈たいせつ〉にする・・・。
自分自身に対する〈たいせつ〉と他人に対する〈たいせつ〉は同じレベルでなければいけないと言うことですか?」
「せや。」
「オレたちを傷つけ危害を加えて貶める奴らでも・・・?
無理だ…無理だ…無理だ・・・!
だとしたらオレはオレを〈たいせつ〉にできない・・・。
どうやったら、どうやったらできる?
不可能だ!そんなことは。」
「ハル・・・。
大丈夫。大丈夫やで。
自分を責める必要はないで。
もし、そうだったとしても・・・いいよ。
そんな君が私には〈たいせつ〉や。
あなたがそんなあなた自身を認め、受け入れ、たいせつにすること。
あなたが他の人を認め、受け入れ、たいせつにすること。
他の人があなたを認め、受け入れ、たいせつにすること。
この三つはすべて同じレベルのことやねん。」
「オレは・・・オレが本当に受け入れ〈たいせつ〉にしなきゃいけないのは自分自身だったのですか?」
「ああ。
まずは、自分を正しく〈たいせつ〉にすることなしには、他人は〈たいせつ〉にでけへんで。」
「・・・じゃあ、なんだ。
ザッハ・トルテ国で、愛だ愛だ、おまえのためだからと言われてされてきたことは何だったんだ!?」
「ハル・・・ハルだけじゃない。
ほかのみんなも、良く聞きなさい。
それは、本当の〈たいせつ〉じゃない。」
「えっ・・・。」
「あれの正体は、恐れ・・・恐れなんや。
自分が認められない、〈たいせつ〉にできないところから来るものやったんや。
恐れを利用して、彼らは君たちを「飼いならして」きた。」
「飼いならして・・・きた?」
罰を受けることの恐れ、報酬をもらえないことへの恐れから、君たちは、他の人を喜ばせるため、他の人にとって〈いい子〉であろうとする。
そして、本当の自分を殺して、窒息させ・・・自分以外のもののふりをする。
親を、教官を、社会を喜ばせようとする。
〈ふり〉をし始めるんや。」
ハルはその言葉を全身からスポンジのように吸い込むと、震えながら目を見開いた。
「本当の自分でないもののふりをするのはなぜ・・・?」
ウミが聞く。
ハルが答えた。
「見捨てられるのが怖かった・・・怖かったんだ・・・。
もうここを出たら生きていけない・・・死ぬしかないと思っていた。
充分にいい子でないと見放されるかもしれない。
見捨てられるかもしれない。
嫌われるかもしれない。
やがてオレたちは、自分でないものになっていった。
オレたちは、教官の信念、国の信念、法の信念のコピーになっていったんだ。」
「なぜ、反抗しない?
自分自身であることを貫こうとしない?」
レイが聞いた。
「反抗はしたさ。
子どもの頃は誰しもね。
だけど、誰しもがとても弱く小さかった。
しばらくすると、オレたちは恐れるようになった。
何か間違ったことをするたびに罰を受けるのだ。
そうやってオレたちは飼いならされていくたびに、ついに、自分の中に外からの飼いならす人間を必要としなくなったんだ。
もはや、自分たち自身で自分を飼いならすようになってしまったのだ・・・。」
「ハル・・・今でも・・・ずっとお前の中に巣くっとるやろう・・・。
〈トゲ〉が。
そしてその〈トゲ〉に絡みつくやつが。」
ハルはこくんとうなづいた。
「ああ。
ザッハ・トルテの〈法〉。
そして、それをもとにオレを責め立てる裁判官が〈こころ〉に住んでいるのだ。
こいつらは、オレたちのすること、しないこと、考えること、考えないこと、感じること、感じないこと、すべてを裁こうとしているのだ。
すべてを罪に陥れていこうとするのだ。
ああ、たしかに、〈法〉は狂ったものもあるかもしれない。
しかし、正しいもの、いいもの、人が守るべき〈幸せのルール〉までも含まれている。
オレを苦しめるのは、むしろ、狂った法のみならず、ただしき〈幸せのルール〉なのだ。
その前では、言い訳がきかないのだから・・・!
〈法〉に反するような何かをしたり、考えたり思ったりするたび、裁判官たちはオレに有罪を宣告する。
ああ・・・オレは罰せられるべきであり、自分を責めなければならないのだ。
このことは、毎日毎日・・・起きていても休んでいても、四六時中オレを責め立てて、死に追いやろうとするのだ!
〈こころ〉の法廷でいつもオレたちは有罪判決を受け、落胆する以外にないのだ。」