自分のせい
ソファに座って、のんびりと読書をしていた時のことだ。
「ちょっと!お前!」
突如として、シャンディ・ガフはオレに食器やら本やらを投げつけてきた。
何か、「公務」とやらがうまくいかなかったようだが、詳しいことはわからない。
いつものことだ。
彼女の虫のいどころが悪い時、いや、違う、オレが「心の深いところでそれを望んでいる時」、
そうやってこちらに当たり散らしてくる、いや、違う、「相手にそうさせている」、オレが、だ。
それもこれも実はオレが望んでそうしたことなのだと「気がついた」。
「わかってるの、あんた!?」
「す、すみません!」
「すみませんじゃないわよ!わかってるのかってきいてるの!」
「あ、えっと。」
「そんな当たり前のことも分からないの!?
所詮あんたはそこまでの男ね。」
「そんな、、、何も聞いてないです。」
「はあ、口答えするの?
口答えするのか!?
ガキの分際で!」
「・・・」
「これまた、都合悪くなると、黙秘権ですか?
黙ってちゃわかんないでしょうが、黙ってちゃ!」
シャンディはこれ見よがしに「はああーーー」とため息をつく。
「ねえ、ハル、あんたさ、やる気ないんじゃない?
ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下のお役に立って、ゴールド、プラチナ目指す気、ないんじゃない?
そんな気がするの、見てて。」
「ないっす!マジないっす!」
そう答えることはできなかった。
「あります。」
「いくら、私たち親や教官が、尊い血と涙と汗を絞って、貴重な時間と労力を割いて、お前のためを思って、これだけ苦労して、やりたいことも我慢して、子どものために尽くしても、子どもにやる気がないんだったらなあ。
金と時間と労力をドブに捨てているようなものだわね。
あんた、人がどれだけお前のために苦労して投資してるか知ってる?」
「すみません」
「そんなにやる気ないんだったら、やめれば?やめちゃえば?
甘くないよ?ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下に仕えるってことは、そんじょそこらの一般職と同じじゃないんだから。
全宇宙の運命がかかってるってことは自覚してるよね?
ねえ?やめる?もうみんな辞めちゃう?
本当は辞めたいんでしょう、辞めたくて辞めたくて仕方ないんでしょう。」
オレは、何も考えずに、つい首を縦にふった。
「は!?
それ本気で言ってんの?
冗談でしょ?冗談だよね!?
ここで辞めたら、今までの苦労がみんな水の泡だよ?
一体何のために、寝ている以外全ての時間、ザッハ・トルテ法典の勉強に費やしてきたと思ってるの?
ま、辞めたら、お前の人生、身分なし、虫ケラ以下の人生しか待ってないけれどな。
行き着く先は、暗黒、そして滅び。
宇宙皇帝陛下に逆らえる悪はこの世には存在しないのよ。」
再び、シャンディはオレを打ち据えた。
「ねえ?わかってる?
人生は全部あなたが決めているの。
あなたが望んだことだけが現実になっているの?わかる?
それが動かすことのできない法則。
自覚すらできない?
そこまで馬鹿なの?あんたは。
こうして叩かれることもあなたが望んで、そうさせているの!
こうされながらも、あなたは喜んでいる。
全部自分で選んでやってるんじゃない。」
そう言いながら、彼女はオレを太鼓のようにバチンバチンと叩き続けるのだった。
そしてそれはもっぱら周りに誰もいない、二人きりの時に限ったことだった。
そこに誰か人が来ると、
彼女はとても慈愛に満ちた穏やかな声になるのだが。
「全てあなたが望んだこと、あなたが引き寄せてそうしている。」
もう、オレはそれを受け入れる以外に道はなかった。
そういうことにしておこうと思う以外なかった。
「今叩かれているのは、誰の望んだことなの?」
「はい。私のせいです。」
「声が小さい!」
「私のせいです!」
「本当にそう思っているのか!?」
「はい!思っています!」
「思ってるだけじゃダメだろーが!知ってんのかよ!?」
「はい!知っています!」
「知ってるだけ?それでいいのかよ?宇宙の常識だろうがよ!?」
「はい!それは宇宙の常識です!」
「声が小さい!腹から出せ!」
「はいッッ!!」
「今日はすごく蒸し暑い日だけれども、誰のせい?」
「私のせいです!」
「この前小さな地震があったけれども、誰のせい?」
「私のせいです!」
「今、冥王星にいる人間が一人崖から落ちたけれども、誰のせい?」
「私のせいです!」
もう、めちゃくちゃだ・・・じゃなくい・・・オレが弱いのだ。
こう思うこと自体がオレの忠誠心がまだ不完全なのだ。
全部オレのせい・・・オレのせいなのだ。
すかさず声が飛ぶ。
「あなた。申し訳ないっていう気持ちはないの?」
「あります・・・十分にあります。」
「いいや。
どうせ形だけ口だけでしょう。
もう、聞き飽きたわ。」
シャンディはますます怒る。
オレはなにが悪いのか全く分からない。
だけど、自分が悪いことをしたからだ、ということは分かる。
しかし、自分を責めれば責めるほど、彼女はさらに執拗にオレを責めてきた。
嵐が収まるまでこうやって我慢して我慢して耐え忍ぶしかない。
「全部、ハル・・・おまえの責任よ!」
「ごめん・・・ごめんなさい・・・!許してください。」
はぁはぁと息を切らして怒鳴り散らした後で、彼女は決まって言う。
「あんたなんか生んで損した。
あー、生むんじゃなかったあんたなんて。」
**
「愛だよ。愛。
愛がなきゃそこまで厳しくはしないよ。」
「そうだよー。
感謝だよ。
ほんと、そこまでしてくれて感謝しなきゃだめだよねえ。
そうやって、厳しいこと言ってくれる人ってありがたいよ。
今時なかなかいないよねえ。」
遠くからそのやり取りを見ていた先輩や教官先生たちが言う。
どうしてもそう思えなかったが、
修行してそう思えないと、ステージが上がらない。
そのことに、喜びを感じられるようになって〈こころ〉はザッハ・トルテに近付くのだ。
・・・でも・・・そう思うか。
思うしか・・・ないよね。
オレは、意を決して満面の笑顔をつくった。
「うん!
ほんとうにありがたいよ!
感謝だよ!」
周りは
「そうそう!その調子!」
「なんだ。本気でやりゃできんじゃん!」
「いままでずっと自分に言い訳して甘えてただけだったんだよ!」
「進め進め!撤退は許されぬ!」
と応援してくる。
他の教官たちや、小臣民たちが集まってきており、
気がついたら大合唱になっていた。
もうこのノリでここまできたら、引き返すことはできない。
はじめは、心から受け入れられるとは言えなかった。
だけど、それは自分の覚悟が足りない、こころが弱いからなのだ。
腹の底から大声で声が枯れるまで絶叫をしていくことで、心のブロックがはずれる。
責められることが気持ちよいと思うようになる。
運動をすると痛みがあるが筋肉が鍛えられ、勉強をすると疲れるが賢くなるように、
こころだって、痛めつけられ踏みにじられるほど強くなってゆく法則があるのだ。
「本当は全て自分が望んでいることが宇宙の現実になるのだ」という宇宙の真理が、あたかも一に一を足せば二というくらい明白な法則として、地面を蹴れば前に進むのと同じくらい自明な事実として見えてくるようになる。
オレは、思わず笑いはじめた。
「あはは・・・そうか!そうか!そうだったのだ!」
宇宙の偉大なる当然の真理に気がつけたことが嬉しすぎて、笑いが止まらなくなってきた。
なぜこんな当たり前のことが今まで理解できなかったんだろう。
それは、赤ん坊がはじめて自分の足で立った時のようでもあり、
はじめて、自転車に乗ることができた時のような感覚にも似ていた。
そうした感覚を身につけていくと、ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下の言われることが本当であると身に染みるようになってきた。
ああ、オレが今まで間違っていたのだ。
王様は、神々しい衣服を着ているじゃないか!
それが分かると、我がなくなり、オレは宇宙と一つになった。
澄み切った気持ち、
何ものにもとらわれない、春の穏やかな湖面のような心!
幸福!幸福!幸福!
オレは、宇宙の全ての星々と、全ての微細な粒子に至るまで、自分のものにし、それを支配しコントロールしているのだという自覚を持った。
そして、深い目で見れば見るほど、ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下がいかに偉大なお方であるかが分かるようになってきた。
「ザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下万歳!」
誰もが声を張り上げて、そう叫んだ。
気がつくと、泣いている。
周りの小臣民の友人たち、そしていつも怖かった教官たちまでもが。
「ああ・・・ハルが今自らの意志によって自己の変革を成し遂げて、まっとうな正しい道を選び取ろうとしているわ!」
一同が感動の渦に飲まれた。
叫びが終わると、一同は熱い抱擁を交わした。