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トリップ

人間とは追い詰められるとより過激に、そしてより潔癖になるものだ。


ザッハ・トルテは最後まで自分についてきた者たちを居城に集め、最後の戦いを呼びかけた。

そこにはケンも馳せ参じていた。


「・・・まったく、どこもかしこも、闇的でいかんいかん。

この宇宙皇帝、世界の救世主を人殺し呼ばわりするとは世も末だ。


我々はもっと明るいことだけ美しいことだけを心にとどめておかねばならない。

善悪の峻別はきっちりとする必要がる。


勝利をイメージするのだ。


そうすれば、この戦争は我々が完全勝利で幕を閉じ、

選ばれし民である我々だけが永遠の命にあずかることができる。


君たちは誘惑にも負けず、生き残った最後の善だ。

ここに、全人類と全宇宙の未来がかかっている!

皆、大いなる運命を背負っていざ勝利を目指そうではないか!


ここまでついてきた暁には、みなその首輪・・・もとい、リングのランクを大きく上げようぞ!」


兵士たちは涙を流しながら最後まで戦うことを誓った。


その中には、ボンゴレビ・アンコも加わっていた。

アンコは、ケンと手をつなぎながら燃え盛る祖国を見つめた。


「ケン、私たちの夢が・・・理想が、叶うのね。」

「ああ、アンコ。

ここまでザッハ・トルテ様とお供できて辛いことも多くあったけれども、最高だったよ。」

「ケン、次元が上昇した暁には・・・私たち結ばれるのね。」

「ああ・・・アンコ・・・なんて素敵なプラチナのリングなんだ。」

「ケン・・・あなたこそ、なんて素敵なダイヤモンドのリング。」

「さあ・・・行くか・・・。」

「ええ。」



「城は崩れていない!

トルテ王は大勝利をおさめ続けている!」


そう叫んで、彼らは喜んだ。


兵士たちは、全員目を隠して、一様に王国の勝利〈のイメージ〉に酔いしれた。


「宇宙最終戦争で、今、トルテ国は究極次元にまで引き上げられている!

その上昇についていくためには、五感のすべてをシャットダウンすることだ!」


街の至る所では人が倒れているなかで、

目隠しをし、耳にも覆いをして、鼻にも詰め物をして、断食を続け、肌の感覚をも全く除去する棺に入って歓喜にむせぶ兵士たちの姿があった。


「ああ!次元が上昇している!

我々は今、無限と合一しつつある!

凄い!なんてことだ!

我々は完全に近付きつつある!

完全体に近づきつつある!」


バル・バコアの兵士たちが、この様子を面白半分、困り半分で眺め、人によっては乱暴をする者もいた。


「・・・肉体は虚構!

世界は存在しない!

そこにすべては初めから存在していなかった!


したがって、気にすることはない。

気にすることはない。


いや、もともとそんなものは存在しない。」


兵士が、トルテの人々の神を掴み、揺さぶり、蹴とばし、刀で切りつけ、火で焼こうとも、

トルテの人々は絶叫しながら、痛みも人も存在していないかのように振る舞った。


「あっはっはっはっは!

私ほどの究極の〈認識〉にまで到達すると、何も気にならなくなるのだよ。


私は宇宙の源。

私のこころがすべての現象を作り出している。

私が思わなければ、世界も痛みも存在しない。」


「シャンディ・・」


暴行を受けているある一人の女性をハルは見つけた。


「至福・・・究極の至福・・・!


ついに、究極次元に近付いたわ!


すべてが一つにとけあっている。


分子の一粒まで私はコントロールできている。


もうここまで来ると、肉体という影は不要!


究極次元上昇が起こると、いよいよこの世界は灰と化す!


ヒヒ・・・ウヒヒ!

なんという至福!」


目隠しをした傷だらけの女は、よだれを垂らして歓喜のうちに叫びだした。


「シャンディ・ガフ教官・・・!

母さん!」

ハルは近づいて、彼女の体をゆすった。


バコアの兵士たちは言った。

「何だ・・・こいつら。やばいぞ。」


「私は、鳥になり、雲になり、星になり宇宙になり、分子の一粒一粒になり、

身体がなくなって、宇宙と一体化しているわッッ!」


ハルは自分をあれだけ厳しく調教してきた女教官の姿を見て、哀しさがこみあげてきた 。


「おそらく、この薬品を使ったんだろう。」


レイは瓶の中に入っている液体を調べた。


「これは・・・「意識を変性させる黒の薬品」に「体が熱くなる気体」を溶かしたものだ。

飲めば、数時間にもわたって、この世で経験しうる限り最大の幸せと快楽の何万倍もの快感を得ることができるようだな。

もう、手足を切られても、火で焼かれても、喜びしか感じなくなる。


しかし、その効果が切れた時に現れるのは、強烈な吐き気。それに、五体がバラバラになり、脳みそを毒虫が食い破り、全身生皮を焼かれる以上の苦痛さ。


しかし、死にたくとも死ぬことはできない。

死んだ方がマシだという痛みがひたすら続く。」


「うええっ」

ウミはその話を聞いただけで、気を失って倒れこむほどだった。



「私は、今、究極にポジティブなの。

私はイメージするだけで、すべての現実を創り出すことができるほどに宇宙と合一化してしまったの。


ああ・・・これが宇宙・・・

これが宇宙なのねーーーー!」



「・・・オレはたしかに、トルテ王やその国、またシャンディのことも何もかも憎んでいたよ。

だけど、オレの望んでいたことは・・・決してこんな事じゃないんだ。」


ハルはシャンディのもとに駆け寄り、呼びかけた。


「シャンディ!起きろ!起きろよ!」


ハルはシャンディを〈棺〉からひっくり返し、目隠しを取り、耳当てを外した。


「誰?

私の救済を邪魔するものは?

闇・・・?闇のゾーラなの?」


「ちがう・・・オレだ。

ハルだよ・・・人間だ。

いい加減目を覚ませよ。


この国はもう崩壊している。

現実を見ろ。」


シャンディはうつろな眼であったが目を見開いた。


「ああ・・・宇宙皇帝様!

祈りが通じたのですね!

あの、闇堕ちした息子が帰ってまいりました!


最後の最後で奇跡が起きたわ。

いとしい・・・ハル。ハルちゃん。」


シャンディはハルを抱きしめた。


その姿を見て、ソラもウミもレイも

「良かったね」と言おうとした。




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