護る
司令官ケンは、ザッハ・トルテの国に起こったことを聞かされた。
「・・・ほう、愚民どもが反旗を翻したと・・・。
それで、トルテ王は?
なるほど。
まだ城に残っていらっしゃるというわけだな。
わかった。」
ハルはそれを聞いて一言吐き捨てた。
「・・・ざまあみろ。」
ソラもレイも同じく喜んだ。
「そうだよ!ざまあみろだよ!」
「いやいや・・・
こうなることは、ザッハ・トルテ様も予言しておられたさ。
宇宙最終戦争の時には、多くの者が躓き、誘惑に負け、宇宙皇帝に対する忠誠を失う、と。
しかし、そこでも最後まで忠誠を失わず信じ続けたものだけが真のザッハ・トルテの民として勝利することが約束されている。
いわば、ザッハ・トルテの裏切った民衆たちは、もともと忠誠などなかった。
危機という篩にかけられ淘汰されるべき存在でしかなかったのだよ。」
ハルは言った・・・。
「ケン・・・お前はなぜそこまでしてあの王を信じる。」
「ザッハ・トルテの世界観が〈ほんとう〉だからに決まっているではないか。
ザッハ・トルテの法は、すさんでいく〈世界〉のなかで何をしても満たされないオレのこころの虚しさを満たしてくれた唯一のものだった。
その素晴らしさに、オレは日々寝食も忘れてむさぼり学び、涙した。
それに、〈世界〉で居場所もなく孤独だった我らの親をあの国は救ってくれたのだ。
・・・宇宙皇帝陛下の存在とあの国の存在は・・・このオレから切り離すことはできないのだ・・・。」
ハルはそれを聞いて言葉に詰まった。
ソラも、レイも。
ウミがつぶやいた・・・。
「そっか・・・。
みんな・・・みんな・・・自分の存在を必要とされたいんだね。
そこに、自分の生きている意味を欲しいんだよね・・・。
そこにいろんな形や考え方の違いはあれど。
それだけ・・・それだけなのに、なぜ争いあっちゃうかなあ。」
ハルは自分のこころに矛盾が生じるのを感じ、引き裂かれそうになった。
ハルのなかの〈トゲ〉と、彼の〈ダイモン〉のリュウが混じり合い、反発し合い、綱引きをし、混然一体となって呻いている。
「だったら、オレの立場はどうなるんだ・・・。
だけど、あの憎い人々にも、哀しさや孤独があって・・・
それをオレは受け入れることができはしないし理解もできないけれど・・・。
リュウはオレの深いところから、分裂に反対するものを訴えかけてくる。
一致とお互いの理解と許しを呼びかける。
しかし・・・
それをする手段は絶望的なまでに閉ざされているような気がする。
だから・・・〈トゲ〉と善き〈ダイモン〉二つの者の間で、オレは引き裂かれなければならぬのだ・・・。
・・・誰かにとって、オレはまた一つの悪なのだ・・・敵なのだ。
そして、それ以外にオレの選択できる〈正義〉などというものはあるのだろうか・・・?
だが・・・それしかない。
そして、それでいい。
オレは、自分の矛盾した正義を選択する。
アッハッハ!
ハハハ!
ザッハ・トルテ国の崩壊を心から祝ってやるよ!
ざまあみろ・・・滅べ・・・滅べ・・・オレの受けた苦しみを味わうまでのたうちまわるがいい!」
ハルは絶叫して、喜んだ。
ハルの瞳からは、穏やかさや優しさが失われていく。
しかし一方で、胸の内の優しさが〈トゲ〉となって、彼を苦しめる。
ハルはそれを振り切るように、帝国の崩壊を喜び続け、嗤い続けた。
そして、そのことが、彼のこころを回復させるその時点で考えうる限りの唯一の反応だった。
「いいだろう・・・!いいだろう!
なあ!
これくらい喜んだって。
アハハ!アハハ!
ざまあみろ!ざまあみろ!
なんという幸福な日だろうか。」
ケンはハルをにらみつけて吐き捨てるように言った。
「〈暗黒〉に毒された者め・・・!
せいぜいあざ笑っていられるのも今のうちだ。
俺たちは最期まで耐え忍ぶ・・・予言され約束されたた勝利の日までな!
その時に恥をかいて後悔して苦しむのは、お前の方だ。
祖国ザッハ・トルテの護衛に行かねばならない・・・。
このティラミスの国の教化は危機を脱した後だ。」
そう言って、ケンは馬にまたがり、ザッハ・トルテに向かっていった。
「・・・おそらく、ザッハ・トルテの国には、ごくごく少数だが、まだ忠誠を誓う者たちが残っているはず。
・・・それにしても、ついにこのタイミングで、ペペロン・チーノまでもが裏切るとはな・・・。」
「誰だい、そいつは?」
「ザッハ・トルテ王の片腕さ。
・・・とはいっても、見事にそれを確信犯で演じ切っていた奴だけれどもね。」
ティラミス国王はすんでのところで処刑を免れた。
国民の中に紛れ込んでいた「平和」を唱える工作員たちも雲散霧消し、国王を愛する市民たちが再び集まってきた。
「皆を護るためには・・・いざという時のために、最低限の守りが必要だと私は思った。
このことは、時に重大な義務であることも私は心得たのだ。
私たちは平和を望むが、しかし決して極端で過度な平和主義をとることはない。
正しいことを行うためには、たいせつなものを護るためには、優しさだけでなく、知恵と勇気と強さも必要なのだ。」
市民はみなそれに賛成し、一部の者は望んでその役職を請け負うこととなった。