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崩壊

「そうだ。

お前は、わずか一代で急激にここまで巨大な大国を築き上げることに成功した。

あちらこちらからもあらゆる手段で金も集めてきた。

甘美な幻想も見てきた。

国中の人々からの尊敬も賞賛も一身に受けた。


これを手放せば、お前はただのあの頃のみじめな腐った世界にうずもれた何ものでもないクズだ。

いや、初めからそうであった方がマシだったかもしれないと思えるほどに、高みからの転落は痛くつく。


愉しいねえ。

誘惑した人間を絶頂にまで昇らせておきながら、足場を一気に崩して、どん底にまで突き落とすのは。

その絶望の姿を見るのは何よりも我々の養分だ。


お前は、世界中の人間から悪人、狂人扱い。

歴史の中で永遠の笑いものにされるだろうよ。」


ザワーク・ラウトはトルテを抱擁してささやくのであった。


トルテ王国の城壁が大きな音を立てて崩れてゆく。

バル・バコアの軍が入城してきたのだった。


「チーノ!ペペロン・チーノよ!

どこにいる。」


チーノが姿を現した。

「おお!この非常時にお前は何をやっておったのだ!?」


「財産を持ち出して、国外に脱出の準備を企ててるところだ。」


「チーノ・・・この宇宙皇帝様に対してその口の利き方はなんだ・・・。

それに、財産の持ち出しだと・・・!?」


「お疲れ様。

もうあんたのお遊びはここまでだ。

それにしても、あんたの妄想を良くここまで現実に仕立て上げた能力には感服するとしか言いようがない。

もう、あんたを信じる奴なんかいないよ。」


「そんなバカな・・・。

チーノ、もういい!

宇宙皇帝様に異論を唱えるなど言語道断だ!

お前はクビだ!〈救済〉だ!

この無能野郎!

お前が諸悪の根源だったのか!お前のような者がずっといたから今この国は危機を迎えているのだ。

お前の代わりなどいくらでもいる。

お前のダイヤモンドの首輪は剥奪し、別の者にくれてやるわ!

そうしたら、もっと我が国は発展するに違いない。」


「ダイヤモンド、プラチナの幹部の9割はあなたの命で〈救済〉されたはずだ。」


「ええい、では残っている者・・・!


集会だ!緊急集会を開け!

トルテ国の民を皆広場に即座に集めよ!」


トルテは上半身裸のまま、城のベランダに出て、民を迎えた。


トルテの急な呼びかけに応えられるよう、いつでもザッハ・トルテの民は準備ができているのである。

ものの数分であちこちから競うように駆け足で人々が集まってきて、見事な列ができる。


そして、トルテ王が手を振ると、皆割れんばかりの拍手をした。

「ばんざーい!偉大なるザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下ばんざーい!」


「ほら見ろ!

民は私を慕っておるではないか!」


トルテ王は、演説を始めた。

「今、私がこのように固く武装して皆の前に立っているのには訳がある。

宇宙最終戦争も今最大の佳境を迎えようとしている。

この危機に際して、諸君が永遠の命を得られるか、あるいは闇に食われてしまうかはひとえに、

この私のことを最後まで信じ切れるかにかかって・・・」


「何も着てねーじゃねえか!人殺し!」


群衆の中から誰かが叫んだ。


トルテ王はなおも気にせず演説を続ける。

集会の時にわずかでも姿勢がずれたり表情が変わったりしたら、のちに恐ろしい罰が待っている。

相互監視で、どんな些細なことでも、密告すれば褒美が貰えるのであった。

それが機能して、誰も不穏な動きは見せない。


「愛する子たちよ、どうかこの危機を一致団結して乗り越えて欲しい・・・!」


もう一度叫び声が聞こえた。

「人殺し!

私の父さんも、兄さんもお前たちに殺されたんだ!

私も、お前に殺されかけた!」


叫び声をあげたのは、メイ・・・そう、ハルの妹だった。


まわりの色のついた首輪をつけた人々がともに叫ぶ。

「人殺し!

私の家族も殺された。」


その声は藁についた火のように群衆の中に燃え広がっていった。


「万歳!」

を叫んでいた声は、

まるであっという間に黒が白に変わるように、

「人殺し!王様は裸!」

に変わっていった。


「・・・ずっと、何かおかしいと感じていたら、やっぱり裏ではそんなことがあったのね!」

「はじめから、私もおかしいと思ってた。」

「私たち、騙されていたのね!」

そんな声があちこちで上がりはじめる。


それでも、トルテ王は演説を続ける。

テラスにいる数人の無表情の兵士たちが拍手をするのみ。


群衆はいよいよ王を八つ裂きにしようと王宮に乗り込んでこようとした。


広場では、何万冊にも及ぶザッハ・トルテの法が山のように集められて、踏みつけられ、焼かれ始める。

今まで、読む時も汚れるからと手袋をつけて読まなければいけなかった神聖なものは、今や尻を拭く紙よりも価値のないものになっていた。


ザッハ・トルテは言った。

「忠実なる兵士たち・・・

この市民たちを即時に〈救済〉してさしあげなさい!」


兵士たちは、銃や刃を民に向けたが、一瞬戸惑った。


「何をしている・・・。

ええい、別の兵士よ、この〈救済〉を実行できない兵士を〈救済〉せよ!」


しかし、兵士はザッハ・トルテのほうを向き直り、彼に銃を向けたのであった。



「・・・私は、ただ純粋な気持ちだったんだ。


お前たちを、世界を幸せにしたかっただけなんだ。


私を見てくれ。


この澄んだ目を。


私が悪人に見えるか?

残酷に見えるか?


私の中にはただ平和で穏やかなこころだけがあるのだ。


それなのに、なぜ、愛しているお前たちから裏切られこんな目に合わねばならんのだ!?


私は悪くない!

悪いのは、私を信じなかった幹部どもであり、裏切ったやつらだ!」


「トルテ王・・・あなたは常日頃言っていましたね。

・・・起こることはすべて自分が引き起こしている。

環境は自分の鏡だ。

環境や他人に不平不満を言う前に、まずは自分に原因がないか謙虚な心で振り返ってみなさい・・・と。


それをあなたはできているのですか。」


「人のことはいいんだ、人のことは関係ないだろう!

お前はどうなんだ、お前は。

問題は、宇宙の法則である私に対して反逆をしているお前自身にあるのだ。


そのセリフは、人に対して言うことばじゃない。」


「あなたはいつもそうやって人に言っていましたよね。」


「嘘をつくな。

私はそんなことなど言わない!

そうやっていつも、都合の良い記憶をつくりだして!」



トルテは、そのまま逃げだそうとして、非常用の〈移転空間〉に入ろうとしたが、

すでに、そこはもぬけの殻であった。


ペペロン・チーノが財産ごと持って行ってしまったのである。



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