正体
ザワーク・ラウト――――ザッハ・トルテをこの道に誘い入れた〈存在〉が再び彼の前に現れた。
「偉大なるザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下・・・気分はどうだね?」
「久しぶりに会うな。ザワーク・ラウトよ。
君は、我が〈ダイモン〉としてよく私を支えてくれた。
今、ごらんのとおり、ガノフの封印が説かれ、最後の戦いが始まろうとしている。
ラウトよ・・・今回も我に力を貸してくれるな。」
「ああ・・・いいよ。
楽しいねえ・・・ゆかいだねえ・・・」
ラウトはこみあげる笑いを抑えきれないという風だった。
「ラウトよ、おぬしも愉快か。
何と言っても、いよいよゴルゴン・ゾーラとその手下どもに対する我々の勝利の日をこの目で見ることができる。
正しきものは勝たねばならぬ。
善を推し進めるために、必要なのは勇気。
トルテの理想に反する悪は許してはならんのだ。
いよいよ最後の悪を打ち砕くときがやってきたのだ。」
「ヒャハハ・・・・ヒャハハハハハハハハハ!
アーーーーーーッハハハハハハハハハハ!!」
ラウトは星が揺れ動くほど狂ったように笑い始めた。
その異常な笑いにトルテは戸惑った。
「・・・ど、どうした、ラウトよ。
何がそんなに面白い?」
「もういい・・・もうここまで来たらすべては終わりだから、騙し続ける必要などないから言うよ!
人間がこんなに見事にコロリと引っ掛かるなんてねえ。」
「な・・・?」
一瞬キョトンとした顔をしていたトルテであるが、底知れぬ寒気を感じた。
それは、上半身に(物理的な)着物を何も纏っていないからだけではない。
しかし、その上半身には脂汗がしたたっている。
「このザワーク・ラウトも、ビーフストロ・ガノフも、ゴルゴン・ゾーラ様の右腕と左腕よ!」
「な・・・なんだって?
お前たちは、敵同士ではなかったのか?
グルだったというのか?」
「ああ、お前とその国民の騙されやすさ。
ゆかいゆかい。
人は一つの罠を避けて、別の罠に自ら飛び込む。
ちょっと光の幻影を見せて、
お前のコンプレックスを満たす。
そして、不思議な能力を与えれば、おまえはすぐにオレを利用する。
最も、どちらかというと、俺の方がお前を利用させてもらったというわけだがな。
宇宙皇帝様よ!」
そういって、ラウトは裸のトルテ王にいやらしくかしずくのであった。
「ええい、やめろ!やめろ!
そ、そんな・・・私はただ、みんなを幸せにしたかっただけなのだ。
みんなが平和に暮らせる、そんな理想郷を作りたかっただけなのだ。」
「何がだ、バーカ。
お前はつまり、偉くなりたかっただけだ。
自分を褒めてくれる人々だけに囲まれたかった。
自分を崇めてくれる人びとだけをそばに置きたかった。」
「やかましい・・・!やかましい・・・!」
「お前はその自分自身の欲望をはっきりと自覚もしていなかったし、外に漏れだすまいと思っていた。
そして、その手段をどうにかして満たそうとした。
お前は、オレの誘惑にまんまとひっかかったし、お前もオレと取引することを望んだ。
いい夢を見れただろう。
宇宙皇帝様。
代償・・・料金は、この世界の破壊。」
「な、ならお前たちは一体何がしたいのだ?」
「オレもお前と同じで本心は教えはしねえが、特別に教えてやろう。
〈永遠の君〉を困らせて、苦しめてやりたいのだ。」
「・・・〈永遠の君〉?
それは、つまり宇宙皇帝である私のことではないのか?」
「そうやってまんまとそう思い込ませることに成功したのもオレのおかげだ。
お前は、永遠に一人ぼっちでその幻影の中で暮らすがいい。
おまえもそれを望んでいるようだしな。
そうすれば、そうするほど、あいつは痛むだろうからな。
そう・・・〈永遠の君〉の神聖な一部である人間を本体から切り離し、我々に従わせること。
そうすれば、あいつは苦しむ。
外から絶望を植え付ける。
希望の芽をすべて摘み取る。見えなくさせる。
内から、自分は無価値なものと思わせるか、自分こそが中心だと思わせる。
互いに、正義をつくり、そして、恐れを抱かせて争いあわせる。」
「そうやって世界を破壊した後はどうする?」
「俺たちの世界で永遠に憎しみ恨み合わせるさ。
人を不幸にしたい。
人間の不幸がオレたちの喜びさ。
我々にとって最大の喜びとは、人間の絶望だ。
ただそれだけ。
その先に何もねえよ。
それだけが生きる目的だ。
たとえその先に滅びが待っていようとも。
だが、オレたちは永遠に滅びることができないから、それはただ滅びるよりも残酷なことは承知の上さ。
みんなみんな、不幸になってしまえばいいのだ。いなくなってしまえばいいのだ。」
「ザワーク・ラウト・・・哀れな奴め。
お前に勝利は永遠にないのだな。
勝利をしても勝利をしても・・・。
そして、お前に従った私にも・・・。」