王
「・・・でも、幸いなことにあの〈秘密の食べ物〉は誰にも見つかっていないようね。
もし、それが奴らの手にわたって悪いことのために利用されたら・・・
神話にあったように、間違いなくこの世界は滅ぶわ。」
「それが何かとか、どこに隠してあるのかということももちろんトップ・シークレットだよね。」
「ええ。
だけど・・・時が来たら、あなたたちだけには食べてもらってもいいと思っている。」
レイは胸を押さえながら、覚悟を決めたように語った。
「レイ・・・。」
「今は、この島にとどまっている時じゃない。
向かいましょう。大陸へ。」
船は大海原を一直線に進み、あの美しかったティラミスの都に近づいた。
この一帯に関しては、ザッハ・トルテが支配するようになっていた。
「ウミは目を覚まさないね・・・。」
「ずっと、この調子だ。」
「起こさないほうがいいんじゃないか・・・
ずっと眠らせてあげといた方が幸せなんじゃないか。
祖国の崩壊を直視しなくて済むんだから。」
ハルは、ウミにしてもらったことを思い出していた。
ひとり真っ暗闇で佇んでいた時に、抱きしめられたこと。
いつも一人ぼっちの時に、受け止められ、励まされたこと。
「・・・それなのに、オレはウミに何も返してあげられていないじゃないか。
チクショウ。
ウミがこんなに悲しんで・・・起きることができないでいるのに。」
ハルは、ウミと二人きりになったときに、寝ているウミの小さくて白い手を握りしめて祈るように言った。
「ウミ・・・
君の故郷だよ。
君は、〈たいせつ〉を知らなかったオレに本当の〈たいせつ〉を教えてくれたね。
どれだけオレが拒絶しようとも、それでも君がオレを〈たいせつ〉にしてくれる気持ちは、いささかも変わらなかった。
時に身を寄せて、時にずっとそばにいて、一緒に涙を流し、一緒に喜んでくれたね。
今度は、オレが君に対して、なけなしの〈たいせつ〉を発揮したいと思う。
ウミ、君はそこで休んでいてくれていいよ。
オレはこの国の復興のために力を尽くしたい。
そして、そして・・・
オレの祖国、ザッハ・トルテの罪と戦う。」
そう言って、ハルは船を後にしようとした。
すると、後ろから声が聞こえた。
「待って・・・
待って・・・ハル。」
ウミの声だった。
「私は、ティラミスの王女なの。
自分だけ気を失っているわけにはいかない。
私は、〈たいせつ〉なみんなを護りぬかなきゃいけない。
ひとりだけ、逃げるなんて、できない。」
「ウミ・・・。」
「私、行くわ。
すぐに行かなくちゃ。早く・・・。」
「ウミ・・・君はなんて奴なんだ。」
三人は感動していた。
「あの・・・その前に、トイレに行かなくちゃーーー。」
と泣き顔のウミ。
「そ・・・そっちかよ~~!行っといで。」
と三人は大笑い。
とにもかくにも、ことのほか、ティラミスの街並みはところどころ壊れてはいたものの、そこまで、というほどではなかった。
なぜなら、この美しい街並みを壊すくらいならあっさりと敵に白旗を挙げた方がマシだということで、王と国民は一致して戦う前に勝負を明け渡してしまったのである。
ザッハ・トルテ軍の司令官には見慣れた顔があった。
ハルの友人、ケンである。
彼は、優秀だった。
ハルがいなくなった後、うまくプラチナの首輪のポストを手に入れた。
ケンは城から制圧した街並みを見渡した。
「ザッハ・トルテ宇宙での最終戦争が、ついに地上でもその形をとって展開されるようになったか。
オレは聞いている。
あの偉大なる宇宙皇帝陛下も一時期このティラミスの地下に身を寄せた、と。
しかし、彼らはザッハ・トルテ様の壮大で偉大な宇宙ビジョンを理解することができず、
偉大なる宇宙皇帝陛下の偉大なる計画を邪魔しようとたくらみ、ザッハ・トルテの内部にまで暗躍しようとしてきたのだと。
許せん奴らだ。
したがって、この国も〈救済〉の対象になって当然だ。」
ティラミスの父王は、ケンの前に進み出てこういった。
「私の命はどうなってもいい。
私一人の命でよければいくらでもさしあげます。
しかし、どうか私の〈たいせつ〉な民一人一人が自由で平和で飢えることのないようにご配慮して頂ければ幸いと存じます。」
ケンの心に一瞬戸惑いが生じた。
「何ということだ・・・。
ザッハ・トルテで教えられたことによると、ティラミスは邪悪な王が治め民はおろかなまま苦しんでいる国であると教わってきたが・・・
この高貴な態度は、ザッハ・トルテで見られるいかに立派な〈リング〉を持った人にも及ばぬのではないか。
・・・いや、しかし、いくらそうは見えても、奴らが虫けら以下の劣等人種であると言うことを忘れるな。
私にとっては、宇宙皇帝ザッハ・トルテの命がすべてだ。
すべては、宇宙皇帝の命令が優先する。」
その時、大声がした。
「待って!」
ウミだった。
それをとおくで見ていた、国民たちは、態度にこそ表せなかったが大いに喜んだ。
国民たちは、ウミ姫に慰められたこと、励まされたこと、話を聞いてもらったこと、子どもの頃一緒に遊んでもらったことなどを思い出していた。
「私の命も一緒にお願いします。
どうか、みんなの幸せを護ってください!」
ウミは父王の目の前に立ちはだかって両手を広げた。
国民たちは、それを聞いて、あふれる涙が止まらなくなった。
さらに、声がした。
「待て!待ってくれ!」
ハルだった。
王は驚いた。
「おお、ハル・・・あのハルではないか。」
ケンは目の前に出てきた少年を見て驚いた。
「お前の顔はどこかで覚えている・・・どころじゃない。
ハル・・・ハルじゃないか!」