放棄
兵士が去った後、ソラたちは飛び出ていって、島の修行者たちをを助けようとした。
しかし、彼らは炎の中どっしりと坐り、語った。
「こころも身体もないものと観ずれば、火も涼しげなものですよ。」
「そんなバカな・・・。」
「それに、よくよく考えてごらんなさい。
火も水も意志も木も人間の身体も同じ元素のあつまりでできているのにすぎませんから、
究極的には、物言わぬ路傍の石ころも、大木も私たちの存在も究極的には全く変わりないじゃないですか。」
「しかし、それは・・・。
人には、〈こころ〉があるじゃないですか。
生きていたいと思う気持ち、人を大切にしたい、大切にされたいという気持ちが。」
「それらは皆欲望ですよ。
いくら人々が、そろってそれを保証し守る法律を作ったところで、所詮それは宇宙の見地から見れば、欲望にしか過ぎないのです。
その〈こころ〉自体が果てしない苦しみの源なのです。
敢えて、私たちはこの権利を放棄しました。
そして、それを捨てたことによって穏やかで何にも動じないこころを身につけることに成功したのです。
〈こころ〉は苦しみの元を探し回っては、苦しみを癒すためにまた別の苦しみへと飛び回って、永遠にその輪の中をグルグルと死ぬまで、いいえ、肉体が滅んでも永遠にその苦しみを永続させてゆくのです。
愚かな〈こころ〉は、肉体と結びついて、繰り返し繰り返し迷いと苦悩を続けます。
私たちは、長き努力と精進の末〈こころ〉をすっかり無くしてしまうことに成功しました。
ですから、肉体が焼け滅びようとしているこうした事態の中にあってもこうしてまったく動じない心でいられるのです。
お師匠様は、ずっと願っておられた〈解放〉を成し遂げられた。
たとえ、残虐な兵士が私たちをいかに理不尽に殺しつくそうとも、
私たちが最後まで平安でいれば、私たちの勝利なのです。
そうです。
お師匠さまはついに勝利して、
もう二度と苦しみの生存を受けることはなくなったのです。
あなたがたも、努力次第でここまで到達できるのですよ。」
「それで・・・それでよかったのですか?
〈こころ〉は・・・〈こころ〉はどこに行くのですか?」
「本来、〈こころ〉などない。
ですので、ないものが、どこからきて、どこに行くということもありません。
それゆえ、〈はじめのこころ〉もあるものではありません。」
「・・・そんな・・・。」
「この死は、我々にとって理想的な死です。
もっとも、我々のように修行が進むと、死も生も存在しません。
名誉ある死も犬死も全く変わりはなくなるのです。
そんなことはもはや全く関係がなくなるのです。
すべてに意味はなく、ただ現象だけが起こっては消えてを繰り返しているだけなのです。
意味はありません。
すべてに意味などないのです。
我々の骨などは拾っても捨ててもどちらでも構いませぬ・・・。」
燃え盛る火炎の中に包まれていく彼らの姿を助けることもできず呆気にとられながら四人は見ていた。
「・・・こんな・・・こんな終わり方をできる人々がいるなんて・・・。」
四人は、複雑な思いを抱えながら、逃れるように島を離れ、レイのいたプリン島に向かった。