通信
ハルは言った。
「オレは・・・戻ってみる。あの国へ。」
「ハル、なんで・・・。」
「・・・」
ハルは自分でもなぜそんな言葉が出たのかわからなかった。
一種の「けじめ」のようなものを感じていたのかもしれない。
いや、あるいは、自分をさんざん苦しめたあの王国の崩壊の様子をこの目で見届けてやりたかったという興味関心もあったのかもしれない。
ハルは胸の中に言い知れぬ躍動する破壊的な感情を感じたが、それを外に出すことはとてもではないができなかった。
ハルは、ひとり歩き始めた。
まるで、周りの誰も見えていないかのように、目の色を変えて。
「待って、ハル。」
レイとソラが続く。
「ほら、立って。行くよ、ウミ。」
レイはウミの手を取って連れてゆく。
何日もかけて無言の旅が続いた。
目的地に近づくにつれ、高い塔からブラック・サンダーが轟き、
どす黒く輝く雲が一面を覆っている。
町や村の風景は何も変わることがなかったが、住民たちの様子は不安に満ちていた。
「アク・アパッツァのみんな・・・力を貸して。」
レイは、自分の発明した電信機によって、聖なる地と連絡を取った。
ひとりの門を守る者が答えた。
「そちらの様子はどう?」
「レイか。
・・・聖地の内部にまで、ザッハ・トルテのスパイが入り込んでいたことが分かったうえに、
門を護る人々のうちでも、腐敗と堕落が生じていたことが分かった。
その上、周囲はバル・バコアの勢力に取り囲まれている、というありさまだ。
人々は、今やこの地から尊敬の心は離れ、どこに身を寄せることが正しいか迷っている。
ただ、言葉にされた〈筋〉だけをよりどころにして、その源の泉である聖なる地から離れ去ろうとしている者もいる。
誰もが、自分勝手にそれを解釈するものだから、今や統一は破壊され、彼らの中でも無数の人々が互いに対立し、憎しみを抱くありさまだ・・・。」
「・・・そう。そうなの。」
「レイ、君はどうなんだ。
聖なる地にとどまって、永遠の筋を護り抜くか。」
「護り抜く。
それは約束する。
だけど、今は待って。
それよりも、この旅の仲間とするべきことを果たしてから。」
「・・・レイ!お前・・・」
レイはそのまま通信を切断した。
「・・・・」
レイは天を仰いで嘆息を漏らした。
「なんとかなる。なんとかなる。
大丈夫。必ず大丈夫。」
ソラはこの状況に負けじと、笑顔を作り続けている。
というよりも、もし状況に負けて、笑顔を作れなくなってしまったら・・・前向きな明るさを保てなくなってしまったら、世界は崩壊するのではないかと思われるほどだった。
ソラの外に出す小さな態度に、世界のすべての行き先がかかっているように思われた。
ソラに無数の誘惑が襲い掛かる。
「そんなことをして何の意味があるんだ。」
「それで何が変わる。」
「もう、そんなまやかしはやめてしまえばいい。」
「インチキだということを薄々君もわかっているんだろう。」
黒い〈声〉が、ソラの胸に巻き付いてくる。
ソラのダイモンは窒息しそうになっている。