人間
「もちろん、その使命は、こころがときめくものだけでない。
〈トゲ〉の克服を通して、人は〈たいせつ〉を知る。」
「〈トゲ〉・・・オレたちを苦しめてきたこの〈トゲ〉とは一体何なのですか?
世界中を回ってきましたが、どんな人にも多かれ少なかれ〈トゲ〉が刺さっていました。
そして、〈トゲ〉の刺さっていない人間など一人もいませんでした。
たとえ、部分的には幸せそうに見えたとしても、完全に幸せに満たされた人間などいませんでした。
分かち合えるものもありましたが、そうでないものははるかに多かったのです。
私たちは、皆、自分自身であることに〈トゲ〉を感じているのです。
そして、その自分自身の正しい満たし方を分からずに、〈トゲ〉によって知らず知らずのうちに、さらに自分自身から遠ざかってゆくのです。」
マスターは、すべてを包み込むような眼で話し始めた。
「生きるってことは、ほんまに大変やね・・・。
生活していかなあかん、
食っていかなあかん、
人付き合いをしていかなあかん。
何の目的で生まれてきたのかなんて覚えとらん。
そして、死ねばどうなるのかなんてことも分からん。
本当に強うないとやっていけへんよな。
とにかく、自分で自分を励まして、ごまかしてやっていくしかあかんわなあ。」
「マスター・・・。」
四人は、マスターのマメの出来た汚れた手や、たくましい腕や背中にあるいくつもの傷を見ながら想いを寄せた。
「マスター・・・あなたは、〈はじめのこころ〉だから、苦しみも哀しみも痛みもなく、ただ喜びと万能感に満ちた人じゃなかったの?」
ウミが訊く。
ソラが口を開いた。
「違うよ・・・マスターは、スーパーヒーローなんかじゃない。
たしかに、ずっと憧れて、手の届かないところにいる不思議な存在だと思っていた。
だけど・・・マスターは、人間だよ。
〈ほんとうに〉人間だよ。
〈ほんとうに〉・・・という意味は、誰よりも誰よりも、ほんとうの人間らしく生きているってこと。
ほんとうに、全身全霊で人を〈たいせつ〉にできる人・・・
そして、百パーセント〈たいせつ〉であふれた人なんだ。
だから、そこに、〈はじめのこころ〉がぼくたちの世界に透けて見え、あふれ出してくるんだ・・・
うまく言えないけれどさ。
見えないけれども、いつもそばに〈永遠の君〉が居てくれるということが分かるんだ。
これは、どこまでも、シンプルなことなんだ。
・・・ああ、このことを言葉で表現できないのがもどかしい。
ただ、そのことを言葉だけにしてしまうと、この今の〈出会い〉の深さの何万分の一も伝えられるかどうか・・・。
だけど、マスターはぼくたちと同じで、生きるしんどさや辛さや哀しみをちゃんと知っているひとだっていうことだ。
分かっててくれて、そして、そこから解放してくれるところまでできる人なんだ。」