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選んで生まれてきた

「いい?ハル。

あなたは、ひょっとしたら、『自分は望んでないのに勝手に生まれさせられた』、そう思っているかもしれない。」

シャンディは何か作業をしながら言った。


「そんなこと思っていません!」

そんなことは思っていた。

しかし、そう答えるのが「正解」だった。


「ほんとうにぃ?

あなたごときにそんな〈認識〉があるとは思えないけれど。

まあ、いいわ。


子どもはみんな、自分で望んで、親や、国を選んで生まれてくるの。

これは常識よね。

〈認識〉のある私ははっきり覚えている。」


シャンディは、曲がったナイフのような目つきをしながら、微笑み、言った。


ちなみに、この国で〈認識〉というのは、肉眼や五感によって捉えられない「真実の宇宙の姿」とやらの様子を知覚し、解明していく特殊な能力のことである。

この〈認識〉の度合いによって、首のリングの光沢の等級は決まっている。

〈認識〉がザッハ・トルテに近付けば近付くほど、リングの光沢は上がる。

ザッハ・トルテ王を超える〈認識〉の持ち主はもちろんいない。

彼に〈認識〉できないことは何一つない。

なぜなら、全知全能で、宇宙を統括しておられる存在だからである。



「あなたは、生まれてくる前、私に土下座までしてお願いしていたのよ。

『どうか、神聖なるザッハ・トルテ王国の栄えある臣民として生まれさせてください。

必ずや!

トルテ王さまのお役に立つために、この一心を擲っておつかえしたい。

いや、もしザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下のもとに生まれることができたなら、たとえ命すら惜しくない、死んでもいい!』

そんな熱い熱い燃えるような想いを持って、あなたは私に対してだけでなく、

トルテ様、そして、宇宙に満ち満ちる聖なる存在たちの前で、そう宣言したのよ。」


シャンディの目がうるむ。

だけど、オレには、そんなことを話されても、全くピンとこない、正直。

わからない、わからない。


「知ってる?

その倍率は、百万倍。


あなたのほかに、偉大なる宇宙皇帝様のもとに生まれたい、生まれることができたなら死んでもいいと望んでいた魂は、他に百万人いたのよ。

その巨大な群衆を押しのけてきて、あなたは

『私を選んでください!私こそは、ザッハ・トルテ宇宙皇帝さまの偉大な事業をお助けすることができます!』と必死にアピールしてやってきたの。


これは、海の底に沈んでいた盲目の亀が、海上に漂う板切れの穴に顔を出すくらいありえないことなの。

このことがどれだけ奇跡かわかる?


地球上で、宇宙皇帝であられるザッハ・トルテ様に仕えることのできるのは、宝くじに百回連続当選する以上にありえない幸運なの!」


「まったくとんでもないハズレクジを引いてしまった」

とオレは絶望的な気分になってしまった。

もちろん、そんなことは顔にも出せない。


「へえー、そうなんだ。僕はとんでもない場所と時代に生まれてきたんだね!」

目をキラキラ輝かせて、笑顔をつくる。



「そして、あなたはこうも言ったわ。


『私の全てをザッハ・トルテ宇宙皇帝様に捧げます。命すら惜しくありません。

私の母となる魂よ、どうか、私を忠実なるザッハ・トルテ宇宙皇帝さまの僕として責任をもって育ててくださいますようお願いいたします!』


そこまでお願いするから、私は負けて、あなたを大切に養育しているの。

感謝してちょうだいね。」


シャンディは祭壇にあるトルテ法典を開き、読誦した。


「法典にもあるでしょう。

『全ての子は親を選んで生まれてくるのである。

子は親を尊敬し、感謝しなければならない。

また親も愛をもって子どもを守り養育し、忠実なるザッハ・トルテ宇宙皇帝に仕える者と育てなければならない。

子どもは親だけでなく、目上の人は尊敬し、感謝し、仕えなければならない。

そのいうことは全て素直に従わなければならない。

反抗してはならない。

反抗する子は将来、平和な社会を危険に陥れる。

それは

親が責任をもってその子は必ず石でうちころされなければならない。』


(ザッハ・トルテ法典より引用)」


「はい!

ありがとうございます!」


実際に、トルテ法典の勉強を嫌がって逃げ出した小臣民が、親によって自宅に隔離されたことはあった。


「ひょっとしたら、ひどいことをすると思う人もいるかもしれない。

でも、そういうことをいう野郎どもは、欲望に毒されて、自由とわがままを混同しているだけ。

もし、子どもを『好きにしていいよ』と甘やかしたらどうなる?

その先にあるのはケモノ。堕落への道以外ないの。


トルテ帝国以外の国は、まさにそう。

欲望と身の程知らずの自己中心性が渦巻き、犯罪がまかり通っている地獄のような世界よ。


奴らは、自分で望んで生まれてきたことを忘れて、自分は勝手に生まれさせられてきたと勘違いしているから、

自分が悪いのを棚に上げておいて、社会を恨み平気で親や目上の人々を呼び捨てにし、殴ったり殺したりする。

親は反抗されても、抵抗できない。

ずっと、自由とやらを尊重して育ててきたから。


奴らは、親が〈少し〉子どもに、強制をさせるだけで、やれ人権侵害だ、虐待だと、悪魔のように騒ぎ立てる。

その結果、てめえらのガキどもは、宇宙の法則を信じず、やりたい放題じゃねえか。


世界全体が、ザッハ・トルテ宇宙皇帝の教えを信じ、それに従いすれば、間違いなく世界は平和になるのに。」


吐き捨てるような口調からは、シャンディがいかに、外の〈世界〉に対して嫌悪を抱いているかが伝わってくる。


「私は、もしあなたが世間様と、ザッハ・トルテ様にご迷惑をおかけするようなことがあったら、あなたを殺して私も死ぬつもりでいるから。」


シャンディは、青白い顔をして、包丁を持ちながらこちらをにらみつけた。


オレは、うつむきながら、ゾッとした。


「あの、、、外の世界って、どんなば、、、」


言い終わらないうちに甲高い声で被せられた。

「知らなくていい!

あんたはあんな腐って汚れたところなんか知らなくていいの!

どうせ、次元上昇の時が来れば、ザッハ・トルテ様がワインの入った酒樽のように踏みにじり、その裾を血で汚してくださるのだから。

あなたには関係ないこと。

それよりも、尊いトルテ様の望まれる理想世界を実現させることだけ考えておけばいいの。

イメージは現実になるんだから。

僅かでもあんな世界のことには目を向けちゃダメよ。」


(世界のことを言い始めたのは、あなたじゃないか)

と言おうとしたが、ここでもオレは黙るしかなかった。


またこんなことも言われた。


「いい?心の力は無限よ。

人生は全て思ったり念じただけで、それを実現する力があるの。

人は誰でも持っている。

みんなの心に持っているの。

法典を学び、修行を積み重ねることによって、自由自在にあなたは使えるようになる!

暗闇の中に、小さな太陽や月を出現させることだって、

指一本で夏の暑い日に部屋を涼しくすることも、凍える寒さの日にも暖を取ることもできる。

空を自由に浮くことだって、

遠くで何が起こっているかを知ることだって、

離れた人と文字や音声で会話をすることだって、

できるようになるの。


もっと高度になれば、

〈認識〉も深まり、過去のことや未来のことを知ることができる。

他人が心で本当は何を考えているかだってわかる。

月の裏側や、宇宙の果てまで見渡し、そこにいる生命体とだって仲良くなれるの!


ワクワクしない!?

こんな能力が磨ける場所は、ザッハ・トルテ帝国以外にありえないの。


私たちは特別な〈認識〉に目覚めた民だっていうことを自覚しなきゃね。」


「はい。」



**



そういえば、シャンディたち教官と、小国民たちで、一度だけ「海」に行ったことがあった。


この国は海岸に面していない。当然海はない。

「ついに、この国の国境をこえて、外の世界を見ることができるのか!」

そう、一同はワクワクした。


炎天下の中を一時間ほど歩いた。

「これを超えれば海だ」

そう思って、頑張って歩き続けた。



「さあ、みんな、ついたわよ」



そこにあったのは、砂浜に敷かれた一枚の青い布。


「・・・・・・・


わあーーーーーっ!」


少しの沈黙の後

一斉に歓声が上がる。


オレたちはその後、瞑想し、幽体離脱をした。

「自分は今海にいる!」

と念じ続けることで、

霊体は宇宙にある海に飛び、そこで自由に泳ぐことができる。

それはもはや「現実」ということなのだ。


「生まれて初めて海を見た!」

と興奮の声が小臣民たちから漏れる。


オレも、目をつぶって、必死にイメージをした。


いつか消え去る物質の海などではなく、イデア界にある「完全なる本物の海」で泳いでもらおうという予想以上の企画であった。


教官たちも、喜びの目でその様子を眺めていた。


**



更に言えば、こんな訓練もあった。



「今日は魚釣りの実習をします!」


普段法の学習ばかりさせられ・・・否、喜んで取り組んでいる小臣民たちは大喜び。



「それでは、この木に皆さん登ってください。」


小臣民たちがしり込みをしていると、教官から檄が飛ぶ。


「このブタどもめ!


木にも登れないなんて・・・お前らはブタか!?ブタなのか!?


木に登れるブタならまだしも・・・

上れないブタはただのブタだ!」


とムチをふるう。



続いて、珍しいことだった・・・。


木に何とかして登ろうとすると、

「すばらしい!すばらしいよ!ケン!

あなたって天才ね!

トルテ一!」


「そうそう!やればできる!

やってやれないことはないよ!」


教官たちはブタと罵っていた小臣民たちを急におだて始めるのだ。


パチパチパチ。



そうやって、みんなが全員木に登り終えると、一斉に魚を探すこととなる。



「魚がいないだとお!?


このブタどもめ!


それは、探し方が甘いからだ!


死ぬ気で探せばあるはずだ!」



檄が飛び、結局五時間かけて一匹も魚を得られなかった小臣民たちは、

「このブタ!ブタ!」

と激しくののしられた。

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