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自分だけのほんとう

「今見てきたように、〈私〉というこころは、はじめ、他人を否定して自分自身を実現しようとする態度から出発するの。

他の人や周りと較べて自分を閉ざし、もしくは周りを否定したり。

もしくは、より偉大な何かとつながろうとすることで。


だけど、このことによって、私たちは本当の意味で、自分自身にはなれない。」


一同は身に覚えがあると頷く。


「次に、私たちは、それが自分にとって正しいことであると同時に、世界中すべての人にとって正しいことを目指そうとするわ。

そして、自分の中に、ひとつのこれだという〈法則〉を発見するの。


それを「発見」したとき、私たちのこころは満足することが出来る。」


一同は頷いた。


「そうだよ。

宇宙を貫く普遍的な法則は、やっぱり、僕たちのこころの中にこそ存在しているんだ。

そのすべてを貫くひとつのなにかを発見し、一つになることが出来たら、ぼくたちは本当に幸せを感じることが出来るだろう。」

とソラ。


ハルは黙っていたが、言いにくそうに口を開いた。


「そう考えていた時期が・・・オレにもあった。

その究極の法則さえ自分の中に掴むことが出来たら、自由になれるんだと・・・。

だけど、それは長続きするわけじゃなかった。


非日常の一時的な興奮と熱狂、爆発的な喜びのなかに、真実を見出したと思う。

だけど、その状態が四六時中続くだろうか?


それに・・・それは、誰もが確かめることのできる〈ほんとうのこと〉だろうか?

それは、いくらありありとした体験だったとはいえ・・・すべての人にとって確かにそうだと確認できることだろうか?


むしろ、その確かめようもない〈絶対的な何か〉を特殊な体験をした人びともが絶対の現実だと主張し合うために、争いが起こるんじゃないか?」


レイは難しそうな顔をしながらハルの話を聞いている。


「たしかに、あの時・・・〈永遠の君〉と出逢えた時、僕たちは喜びに包まれた。

あれは、確かにひとつのありありとした現実だった。


だけど、依然としてオレはオレ自身の〈トゲ〉から自由になれたわけではなかった。


それに、ティラミスの〈よろこびの行〉で「覚醒」してしまった人びとが、本当にそれだけで〈トゲ〉から自由になれたか。

また、アク・アパッツァを守る人びとの中にも、神聖なものを守ろうとするあまりよけいに〈トゲ〉の中に飲まれる人もいた。

さらに、ザッハ・トルテなどは、一番顕著な例だ。

たしかに、そこに神秘な体験も喜びもあった。

しかし、そこに生じたのは、その体験を絶対的なものと疑いなく信じ、全人類に行きわたらせるべきものになる・・・。


そして、そのものの見方であったり経験を、他の人にも押しつけようとする。

そのごくごく単純な一つのもの見方で、他者を、世界をいつの間にか判断しようとするのだ。」


ハルは、自分自身のこころと、人々のこころのどちらをも透徹した目で眺めていた。


「そうね。

わたしという〈こころ〉は、実は自分が求めているのは本当は何かということにうすうす気が付き始めるの。」


「ああ。」


「本当は、自分が自分らしく自由に生きながら、誰かに、また社会の中で認められたい

・・・そういう欲求なの。


そうである以上それは、自分の中だけの絶対的な正しさを目がけることでなく、現実社会の中で人々に認められるような営みという形をとって、実際にどうするかということのなかで実現される以外にないの。」


レイが愕然として言う。

「それは・・・まるで、存在の深みにあるはるかなる高い次元にある意志を、人間の住む地上に引きずりおろして、人間の中に宿してしまったようね・・・。

〈はじめのこころ〉は、ただ人間の〈こころ〉の域内に拉致されてしまったの・・・?」


ウミが答える。

「レイ・・・私たちは、〈自由〉を与えられてしまったの。

それまでは、なにか国や町に属して、それぞれの役割を果たすことでしか、自分自身を表現することはできなかった。

だけど、私たちは、自分自身として生きなければならなくなったの。


そこでは、すべてを一つに結ぶことのできる一つの絶対的で大きな何かなんて、この世界の中に見出すことは・・・難しい。」


「それは、確かにそうかもしれない、ウミ。

そのことは、確かに・・・誰でもが確かめ、認め、分かち合うことのできる〈ほんとうのこと〉かもしれない。

しかし、本当にそんなものが、あらゆる宇宙の根っこにあると言えるのか?

私には、アク・アパッツァに託された宝を世界の終わりまで護り抜く義務がある。

だから、ここは譲れない。」


「たしかに、ウミの言うことは、宇宙の根っこにあることではないかもしれない。

そもそも、私たちの肉体と結びついた〈こころ〉はそうである限り、宇宙の根っこのことなんか決して分かりっこないようにできているの。

そして、その分かりっこないことのために、時に〈ムスビ〉は終わりのない争いを重ねてきたわ。


だから、私たちは、人間としての根っこに何があるかをお互いに確認し合いながら、お互いを尊重し、認め合っていくしかないの。


そして、それは、〈ムスビ〉を否定すると言うことではないわ。

〈ムスビ〉同士が、手を結ぶためのお互いに納得できる約束を創っていこうということなの。」


「なるほど。

しかし、ううん。

でも、予言しておくわ。

きっと、いつか人々は、〈自由〉であることに疲れ果て、孤独になるでしょう。

自分自身であることに嫌気がさし、再びまた大きな何かに繋がろうとするでしょうね・・・。


それにしても、〈ツカミ〉に一身をなげうっていた私が、今やアク・アパッツァの〈ムスビ〉を護る側に立ち、

〈ムスビ〉の国から出てきたウミやハルが〈ツカミ〉が出来るようになってきたなんて面白いことね。」

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