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遺された宝物

レイは「聖なる地」アク・アパッツァでの経験を話した。


「思えば、長い道のりだったわね・・・。

まさか、世界の片隅の絶海の孤島で、外の世界など何も知らずに一生を過ごすと思っていた私が、この冒険の中で、〈世界〉のありとあらゆることを学びかき集め、そして最終的にはあの〈最高の完成された場所〉にまで・・・その高みにまで昇ってゆくことが出来るなんて・・・。


マスターと、あなたたちには感謝しかないわ。」


「そうか・・・みんなは、新しい場所で新しい経験をしてきたんだね!


レイの頭の中を覗いてみたいよ・・・。

きっと何も分からないだろうけれど。」

ソラが笑った。


「私が、アク・アパッツァで確信したことをお話しするわ。」


ハルとウミは、あの門番たちとの事件のことを思い、どこかチクリとする思いがした。


「アク・アパッツァの道こそがやはり本物の、すべてを覆う、ただ一つの道に違いないわ。

この道は、〈ツカミ〉を超え出ていながら、真の意味で〈ツカミ〉を完成させるもの。

そして、この道は同時に、真の〈ムスビ〉の道でもあるわ。」


「・・・レイ、オレたちは、これまで多くの〈ムスビ〉の道を見てきた。

どんな〈ムスビ〉であれど、究極のところ目指すべきところは同じだと思うのだ。

・・・たしかに、不完全なものや、ザッハ・トルテのように逆行するものもあるが、歴史と伝統の中で紡がれてきた道は人間にとって誰にとっても変わらぬものなのだろうと思う。


例えば、同じ山を登る時でも、道はそれぞれ違えど、目指す頂上は同じだろう。

また、見る場所は世界の中でバラバラでも、オレたちは同じ太陽、同じ月を見ているではないか。」


「ハル・・・たしかにあなたの言うことに一理あるわ。

マスターもおっしゃっていたとおり、真の〈ムスビ〉の要件は、三つ。

第一に、〈ツカミ〉を超えることはあっても、〈ツカミ〉と食い違わないこと。

第二に、その〈ムスビ〉の道を歩むにあたって、〈幸せのルール〉を犯す者であってはならないこと。

第三に、今も昔も、世界中のどこにおいても、根本的には変わらないこと。


いかなる時代でも、いかなる国においても、目上の人を尊敬を尽くすことが悪かったり、親を敬わずに済んだ例はないわ。


それは、ほんとうのことは一つ、人の道も一つだからよ。


そして、ほんとうの〈はじめのこころ〉は一つであり、〈ほんとうのこと〉もひとつで、人の道もひとつであるから、ほんとうの〈ムスビ〉はただ一つよ。


そして、真の〈ムスビ〉とは、聖なる地、アク・アパッツァにあるのよ。」


「・・・アク・アパッツァだけが、真の〈ムスビ〉なの?」

ウミが訊く。


「そう。

真の〈ムスビ〉はただ一つだけ。


アク・アパッツァとは、〈永遠の君〉、すなわち〈はじめのこころ〉が全世界のありとあらゆる〈こころ〉の救いのために・・・〈トゲ〉を抜くために与えられた場所なの。


アク・アパッツァは〈はじめのこころ〉が直接お定めになり約束された聖なる地。

だから、その場所から発される道は絶対的な権威があるわ。


なので、決して、他の〈宇宙のメロディー〉とは同等ではないの。」


レイは確信をもって、アク・アパッツァの完成された力と権威を伝えた。


「アク・アパッツァに伝えゆだねられた〈はじめのこころ〉の道を学び、またあなた方にも学ばせることは一番大切な義務です。」


レイは、聖なる地にいる間、万巻の書物を読み、それだけでなく、〈はじめのこころ〉と一体化する儀礼を誰よりも徹底的に深めていった。

レイは、アク・アパッツァ以外のすべての立場について調べ上げ、その本質を深く知悉し、いかなる異論反論にも明確に答えることが出来るほどの智恵を兼ね備えていた。


それは、まさしく誰にとっても難攻不落の要塞というべきであった。


プリン島で、外に島があるかという論争に決着をつけた時のように、レイはそのカミソリのように切れる〈ツカミ〉の刃で、聖なる地の〈ムスビ〉を守り通した。


「それぞれが、自分のこころにしたがっててんでんばらばらな道を歩むというのでは、それではいつか袋小路に陥ってしまう・・・。

それは自由な道に見えて、実はエゴという牢獄に自らを進んで閉じ込めに行くようなもの。


道を護るための体系化された〈筋〉が必要なの。


〈はじめのこころ〉はマスター・エッグタルトを通して、ずっとずっとこの〈ムスビ〉の働きが続くようにと願って、聖なる地、アク・アパッツァをお定めになったの。

つまり、自らがお示しになった道と〈ほんとうのこと〉が、世界の終わりまで完全な形で保存され、伝えられるために、アク・アパッツァは存在する。


アク・アパッツァの地は、既に存在していた人たちが集まって話し合ってつくりだしたものではないわ。

〈はじめのこころ〉そのものが、聖なる地を作品として生み出したの。


アク・アパッツァを作っているのは、その〈ムスビ〉を歩む人だけじゃない。

むしろ、今も生きて働き続ける〈はじめのこころ〉自身よ。


そこに生き、〈ムスビ〉を歩む人々は、〈はじめのこころ〉が生み出した聖なる地が、誕生させ、生育させるべき果実なのよ。


聖なる地の外に救いはないわ。」


「・・・おいおい、レイ・・・それは少し独りよがりがすぎないだろうか。」


「いいえ。ハル。

この言葉は、独りよがりな態度をあらわしたものではないの。


むしろ、聖なる地が与える〈ムスビ〉によって、〈永遠のこころ〉への道を確かな足取りで進む道をゆくものたちの感謝にあふれる宣言なのよ。」


「待ってくれ。


オレはオレでありたい。

何ものにも属したくないのだ。


聖なる地の介入など要らない!

〈ムスビ〉など要らない。

そんなものは、オレたちの自由を束縛する。


大切なことは、考えられたことではない。

その奥にある生命だ!

それは、言葉にして、〈筋〉として定式化された瞬間からもとあった生命を失う!

言葉などすべて嘘だ!

〈筋〉などは、死んだ抜け殻にしか過ぎない。


〈はじめのこころ〉の生命とは、正反対のものを・・・レイ・・・君は崇め奉り、守り通そうとしている。


ただ、オレはオレの〈こころ〉をとおしてのみ、〈永遠の君〉と出会おう!


ほんとうの聖なる地は、わが〈こころ〉のうちにのみあるのだ!

オレは外に聖なる地など認めはしない。


そんなものは、わが〈こころ〉と〈永遠の君〉との直接の関係を妨害する邪魔者にもなりうる。


そう、オレは、ただ独り生きている〈永遠の君〉の前に立ちたいのだ。」


「・・・おい・・・ハル・・・。」

ソラが、レイに激しく突っかかるハルをたしなめる。

「・・・だけど、ハル。君の言うことにも共感できるよ。」


「レイ・・・君を傷つけたかもしれないが、これだけは言いたかったのだ。

オレは、あのザッハ・トルテという悪夢の中に嫌というほど浸かってきたからな。

つい言葉が荒くなってしまうのだ。」


「まあまあ・・・言いたいことは分かるわ。」

レイはハルの胸から飛び出る火を泉の中に飲み込むような落ち着きを持って語った。


「ハル・・・君は嫌気がさしているのね・・・

そして、恐れているのね。」


「そうだ。レイ。」


「たしかに・・・

ザッハ・トルテの国の〈ムスビ〉は、自分自身を目的化し、多くの人々を単なる手段として利用し自由を奪った。


だけど・・・私たち、アク・アパッツァのベクトルは違う。


世界を照らし続ける燈明台ともしびなの。

世界を完成するための、与えられた一つの道具なの。

〈はじめのこころ〉を示すための目に見えるしるしなの。


考えてみて。

〈はじめのこころ〉から託された〈ムスビ〉とその〈ほんとうのこと〉という遺された宝物をしっかりと守り抜き、伝え、導く聖なる地の存在は、〈はじめのこころ〉とマスターが愛をもってつくりあげた優れたシステムなのよ。

このシステムがあるからこそ、道を歩む人たちはより親しく、はっきりと〈はじめのこころ〉に交わることができるの。」


「ううむ、では、その聖なる地を護る人々が間違わないという保証なんてどこにもないじゃないか。


現に、オレたちは、あの門番たちにアク・アパッツァ以外の道を否定され、とどまるように強く言われた・・・。

それは、オレの自由を否定し、踏みにじったように感じられた・・・。


それに・・・自分の立場を同じように絶対的なものとして考える国同士が争いをやめられないというのはどういうことだ。


・・・オレはそれが嫌なのだ。

危険に感じられるのだ。

口先や言葉ではどんなに立派なことを言って、堅牢な仕組みを作り上げたところで・・・

結局のところ、人間が作ったものは必ず変質し、しまいには正反対のものになり、

少しでも考えの違うものや、新たに発見された偉大な真実を押しつぶしてしまうものになりはしないか?


言葉のなかに・・・形骸化した〈筋〉などのなかに、救いも生命もない。」


ウミも少し迷ったような顔をしながら後ろでうなづく。


「ハル・・・」

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