それぞれの道へ
ハルとウミは、しばらくの間共に旅を続けた。
いくつもの町、いくつもの国、いくつもの山や川をこえて来た。
多くの人たちにも会っては別れを繰り返してきた。
彼らと同じく旅をする少年少女もいた。
その一人一人に、それぞれ違う世界、違う価値観や違う正義があって、
そのすべての意識が宇宙の中心であった。
それぞれ全員が、自分という世界のただ一人の主人公として生きていた。
しかし、誰一人として同じ人生を歩んできたという人はいなかった。
誰もが、その人だけのかけがえのない固有の物語を生きていた。
そして、それらの物語の前には、無数の忘れ去られた物語があったことを、
多くの道端に建てられた名もなき墓の数々は物語っていた。
そして、我々の物語もいつか終焉を迎えるであろう。
しかし、物語は再び次の物語に取って代わられてゆくだろう。
そのことを思うと、今目の前に見える世界のすべてに対して、悲しさと虚しさと、限りない愛おしさを感じてしまうのであった。
すべては永遠でないところに、永遠を感じざるを得なかった。
ハルは言った。
「ウミ・・・ずっと一緒に旅をしてくれて心から感謝している。」
ウミはハルを見つめた。
ハルもウミを見つめた。
二人とも、それ以上何も口から言葉が湧き出てこなかった。
「・・・ウミは、ハルと出逢えて、本当に良かったよ。」
「オレもだ。」
「二人でいろんなところを冒険してきたね。」
「ああ。」
「本当に、これ以上ないほどいろんな経験が出来た。
最高だったね。
だけど、もう一段、素晴らしいところに飛んでいきたい。
そう思うようになったの。」
「オレもそう思う。
オレたちのダイモンに聞いたところ、やはりそう告げている。
・・・・もちろん、このままずっと一緒に二人でいたい。
だけど、
オレがオレであるために。
君が君であるために・・・
さらにその先には自分の足で歩いて行かなければならない。
しかし、そのことは、決して離れ離れになると言うことではないはずだ。
マスターやソラもレイも別々のところに居ても、一緒にいるということを感じているよ。」
「そう。
ウミはそのことを信じている。
旅の中で、すべてはひとつだということを知った。
すべてはただ一つの宇宙の法則から生まれ、そして戻ってゆく。
ただひとつの〈ことば〉から宇宙は生まれ、宇宙の一切を形作って、一切に生命を注ぎ込んでいるのだと。」
「オレは君のことが、本当に〈たいせつ〉だ。」
「ウミも、ハルのことが、〈たいせつ〉です。」
「本当か・・・。
〈たいせつ〉とは・・・
ただ、オレが君のことを欲しいと思うだけでなく、
君がオレのことを〈たいせつ〉に思ってほしいと欲することでもある。
喜び・・・何と言う喜びだろう。
ああ、ウミ、ウミ・・・もっと、君のそばに居たい。
もっと、君を求めたい。
もっともっと君に求められたい。
こんな素敵な気持ちを感じるのはどういうことだろう!?
オレは君が〈たいせつ〉だ。
そのことを思うだけで、この上なく幸せな気持ちになれる。
そして、オレの人生の目的は、まさにキミに出会うためにあったのではないかと確信さえするのだ。
オレのこころは、ウミ、君という重力に釘づけられてしまったのだ。」
「ウミも・・・同じように感じています。」
「ああ・・・ウミ、ウミ・・・君に会いたい。」
「もう、今目の前にいるじゃない。うふふ。」
「もっともっと、君に会いたい。
君を知りたい。
君のもっと深いところに触れたい。
〈こころ〉の深いところで一つにとけあいたい。
ああ、なぜ、ふたりの身体もこころも別々のものなのだ!?
そうであり限り、永遠に一つになること能わずではないか?」
「私たちは、この身体を通して〈こころ〉を求めている。
だけど、いまや、この身体自身が、この身体の中に入り込んでしまった〈こころ〉自身が、一つになることを妨げる一つの壁になっているなんてね。」
ハルのうちからは、マグマのような激しい欲望と、最高に清らかで美しいダイモンのどちらもがあふれ出し、そしてこの矛盾する両者は分かち合い難く絡まり合って、世界の根源を存在させ生み出し続けていた。
「わたしたちが・・・一つのものから生み出されて、完全に一つであることを求めながら、完全に一つでないわけ・・・
そこには、何か大きな秘密が隠されていそうね。」
「ああ・・・行こう!
・・・行こう!
オレは空の方に向かって。
キミは海の方に向かって。」
ふたりは互いを祝福し合いながら別々の方向に歩み始めた。