すべては虚像
ハルは遠くを見すえながら言った。
「気が付いたんだよ。
世界のすべては虚像なんだってね。
何もかも虚像なんだ。
オレは・・・もう何も信じてはいない。」
「何も?誰も?」
「オレは、ただオレだけを信じる。」
「うん・・・。そう、他には?」
「オレと・・・ウミ・・・君も。」
「うん。
・・・ハル、あなたは、あなたらしく生きればいい。
あなたは・・・あなたでいい。」
「そうだな。
オレは、ただのオレとして生きていこう。
もう、誰かのオレじゃあないんだ。
オレは・・・自由だ。
ああ、本当に、それだけが本当のことだと感じるよ。」
「これからどこに行く?」
「どこにでも。
いきたいところに。
ああ、そうだ。
風の吹くままに。
風の吹く先を追いかけていきたいんだ。」
「ウミもついていっていい?」
「好きにしな。」
二人は、風の吹くままに任せて、さ迷い歩いた。
目的のない旅。
ただ、今、ここに生きていることを精いっぱい楽しむ。
そして、それは思いのほか楽しかった。
二人は、走りあい、じゃれ合い、時には何もせず一緒に空を見上げた。
「ああ・・・自由、自由。
この先、どうなるか分かったものじゃない。
だけど、いい・・・これでいい。
大切なのは、
未来のことや過去のことであれこれ悩むことでなく、
今日一日一日を、大切に過ごしていくこと。
うまくいく。
きっとうまくいく。
何も信じないとは言いながらも、
根拠はないけれども、
きっとうまくいくさ。
単なる見通しの甘さとか、願望かもしれない。
だけど、今までも、うまくいってきたし、これからもきっとそうだよ。」
ハルとウミは目的地のない二人だけの旅で、いま・ここを生きることに集中した。
「すべては虚像・・・
たしかに、あなたは言った。」
「おう。」
「だけど、たとえ、この瞬間が、次の瞬間に崩れゆくことの繰り返しだとしても・・・
いまこうして、二人でいること・・・
この幸せな感じは・・・
それすらも過ぎ去ってゆくものだとしても、
ほんとうのこと。
たしかに、ほんとうのことなの。」
「ああ・・・
たしかに、すべてが虚像だと言うことが真実だとしても、
それでも、世界は・・・。」
夕陽を見つめるハルの目から涙がこぼれる。
ウミは歌うように語り始めた。
「この世界にあるすべてのものを小さくしてゆくと、ただひとつのなにかになる。
世界のすべての物事は、そのただひとつのなにかからできている。
大海原がすべての魚介類や生物をそのひとつの大水のうちに含んでいるように・・・
無限に広がる大空、宇宙はすべてのものをそのひとつのなかに含んでいる。
およそ、無限であるそのひとつのものは、何億何兆という存在の親なの。
ひとつのものはあらゆる存在の根っこ。
ありとあらゆるものは、生み出され、流れ、消え去る運命にある。
ああ、だから、この世界は何もかもが虚像。
ありとあらゆるものの存在は、一時的な者でしかない。
だけど、それらは宇宙全てに行きわたって存在している。
ひとつのものは、単に空しく何もない、ということではないの。
かといって、〈あるもの〉でもない。
すべての〈ある〉ということは、たしかに〈ある〉。
それでありながら、そのまま〈ある〉も〈ない〉もこえている・・・。
ひとつのものにはどんな名前も付けることはできない。
すべての〈ある〉ことは、一つの面からみれば、〈ある〉〈ない〉をこえていて、
別のひとつの面から見れば、仮に〈ある〉。
そう、それは、水と波が、水から見れば水、波から見れば波であって、しかも互いに離れないように。
それは、〈ひとつ〉というわけでもなく、
いくつものたくさんのものでもない。」