気が付いたんだ
ウミとハルは逃げるようにして、聖なる地アク・アパッツァから飛び出してきた。
「うぐっ・・・えぐっ・・・
ウミ・・・マスターのことも、あーちゃんのことも好きだけれども、あの場所とあの人たち好きになれない。
ものすごく一生懸命真剣なのは分かるの。
だって、目に一点の曇りもなかった。
自分が絶対的に正しいと信じている目だった。
それは、きっと、あの人たちが経験してきたことが、本当に、本物だったからということがよくわかった。
そうした人たちから見れば、他のすべてのことなんかどうでもいいくだらない誤ったものにしか思えなくなるに違いないでしょう。
一度本物を知ってしまうと、もう二度とそれらの類似品では満足できなくなり、一つの本物だけを選んでしあとはすべて切り捨ててしまうように。
ボートで川を渡り終わると、必要だったボートもオールももう要らなくなるように。
胎児の時に生き延びるのに必要だった胎盤やへその緒が生まれてしまえば処分されるべきものとなるように。
一度真実に到達してしまうと、その他すべてのものは要らなくなるのでしょう。
それに、この聖なる地こそが、あの人たちにとって生きる意味であり、きっと命よりも大事なの。
だから・・・あの人たちにとっては、この聖なる地は絶対でなければならないの。」
「ザッハ・トルテも、態度だけで言えば似たようなものだったよ。
中身は、だいぶ違ったがな・・・。
だけど・・・今までずっと恐れていた。
トルテ的なものが、この旅の中で出て来やしないかと。
そして、オレは次第に安心していったはずだった。
いや、本当はそれを押し込めて見ないようにしていただけなのかもしれない。
・・・はは・・・!
はは・・・!
ああ、やっぱり、そうなんだ!
どんなに道を求めて、〈トゲ〉を克服しようと足掻いたって、結局は〈トゲ〉が勝ち誇ってしまう。
チクショウ!チクショウめ!」
ハルは疲れ果てて、膝をつき、手で何度も何度も地面をたたいた。
「ハル・・・。」
ウミはおもわずハルを抱きしめた。
「ウミ・・・ウミ・・・
うわあ・・・
うわあああああああああああああ!!!」
ハルは自分でも驚くくらい大声で哭いた。
そんなことは、これまでで初めてだった。
「わあああああああ
わああ
うわあああああああ!」
ウミは、そうやって哭くハルを抱きしめながら、自分も泣かずにはいられなかった。
「救いも真実もどこにもないんだ!
人が救いや真実だと思い込んでいる〈絶対〉なんて、そんなもの、そいつらの中だけで完結している排他的な〈トゲ〉に守られた真実なんだよ!」
「ハル・・・離れよう。
もう、あの聖なる地からは・・・。」
「・・・うう、だけど、レイは・・・?
あんな奴らのところに置いていくのか?
レイも・・・結局のところああなってしまうのか?」
「聖なる地で示されたことそのものが間違っているわけじゃない・・・。
ただ、それを護る兵士たちが・・・それが大切であればあるほど、それゆえに強く護ろうとしているだけよ。
本物の宝物には厳重に鍵をかけるように。」
「そうか・・・もし、聖なる地のこころの道が本当に真実だとしたら・・・。
それを受け入れることのできないオレの行くべき道は、もはや、救いのない暗黒しかないな。」
ハルは青ざめて震えだした。
「私も、一緒に行く!
一緒にどこまでもついていくから、大丈夫だよ!」
「ありがとう・・・ありがとう、ウミ。
ああ・・・過ちは、根源的な〈こころ〉の体験というものを、自らの外のどこか限りない遠くに置き、それを自分から離れたものにして崇め奉って、挙句の果てにそれを護ろうとすることから起こるのだ。
すべては、今、オレたちが生きていることのその中心で起こっているのだ。
本当のことは、場所や対象の中にない。
むしろ、この全宇宙が聖なる地であるといったほうがいい。
観念化され、どこか遠くに行ってしまった〈こころ〉をオレは信じない。
ああ、そうだ。
〈ムスビ〉も〈こころ〉も、単なるそういう発想や考えにしか過ぎない。
単なる言葉だよ。
苦しみを測る物差しにしか過ぎないのだ。
ああ、オレは何も信じない。
何も信じない。
ザッハ・トルテも、
バル・バコアも、
幸せのルールも、
見えない世界も、
穏やかな心も、
学問も、
深いこころの力も、
絶対的な境地とやらも。
もう、たくさんだ!
たくさんなんだ!
ああ!
気が付いた!
気が付いちまったんだ、オレは!
どいつもこいつも勝手なことばっかり言いやがる!
いいかい?
誰かに何かを学ぶことはできるさ。
だけど、どう生きるかなんてことは、結局のところ、自分次第さ。
どこかの誰かに救いを求めても、
祈り続けても、
天から救いは降ってこない。
ただ絶望するしかないのさ。
古代の叡智や儀式なんぞ、学んだところで一体何になった?
ただ、オレたちに期待だけさせて、結局のところすべては幻想。
引っかきまわされてしまいさ。
いいかい。
人のこころをすべて見通して、面倒を見て救ってくれるお偉いマスターなんていないのさ。
〈トゲ〉は、クスリや幻想、どこか遠いところに行くことではごまかせやしない。
自分で背負うしかないんだよ。
気が付いた、
気が付いちまったんだ、オレは!」