絶対的な・・・
「私は、この聖なる地、アク・アパッツァにとどまって〈根源〉の研究を続けてみたい。
マスター、いいでしょ?
ウミ、ハル、あなたたちはどう?」
ハルは正直、どうしていいか分からなかった。
この聖なる地には、〈絶対〉にして〈無限〉〈永遠〉があり、我も世界も〈こころ〉も一つにとけあっていたので、もはや究極の境地がそこにあると思っていた。
ウミは言った。
「〈永遠の君〉のみ旨のままに従いたいと思います。」
「よろしい。
レイ、あなたはこの地にとどまりなはれ。
ハルはなにかまだ探しているという顔をしとるな。
ウミ、ハル、あなた方は二人で旅を続けたらどうや?」
「え?この先にまだ行くべき場所があるというのですか?」
「さよう。
私は、あえてあなたがたを旅に遣わそう。
それに、実は、まだあなたの〈トゲ〉は抜けえてはいない。」
「ええ!?
はるか遠くこんなところまでやってきたのに!
万物と一致して、和解が達成できたと思っていたのに。
・・・だけど、さすがマスター。
マスターの言う通りです。
なぜかは分からない。
たしかに、〈トゲ〉はたしかにあって、痛むのだ。」
「行っといで。
人は永遠の旅人や。
〈こころ〉に完成などない。
すべては川の流れのように一つのところにとどまることはないっつーことや。」
「ハル・・・いきましょう。
ウミひとりだったら・・・泣いちゃってたけれども・・・
あなたと二人だったら、決して寂しくなんかない。」
ウミとハルは聖なる地アク・アパッツァを引き返した。
聖なる地の門には、彼らの大きさは、普通の人の二倍はあっただろうか。
鍛えられた身体に、ダイヤモンドでできた武具をまとい、光る羽衣を身につけた聖地の住人たちがいた。
「ふわー。でっかい!
この人たち、本当に人間なの?」
ウミは口をぽかんと開けて、彼らをただ見上げるしかなかった。
「我々は聖なる地の門を守る兵士だ。
至聖なるこの地をゴルゴン・ゾーラの軍勢から守り、また、世界中に様々な形で跋扈せし不完全なる立場のものどもを、この唯一絶対のこころのうちに服せしめる使命を帯びているのである。」
門を守る者たちは、二人を見つけ、こう言った。
「おお!聖なる地で、あの究極にして絶対の〈こころ〉に出逢われましたか!
おめでとうございます。」
「ありがとうございます。
本当に素晴らしい体験でございました。」
ハルは興奮に満ちて礼を言った。
「さようでございましたでしょう。
この聖なる地以上に、素晴らしいところなどありましたか?」
「たしかに、ありませんでした。」
「では、なぜおぬしたちは、わざわざこの地の外に行こうとするのか。」
「〈トゲ〉が抜けないんです。」
「なんと!」
門を守る者の顔が険しくなった。
「それは、おぬしらのほうに原因がる。
おそらく、世界の様々な偽りの道に毒されてきたからであろう。
正しいものはたった一つ。
聖なる地アク・アパッツァの保持する絶対の道。
君の〈トゲ〉とやらが、消滅せぬのは、この道を本腰を入れて歩んでないからなのだよ。」
「それ以外のものはダメなんですか?」
「ああ、ダメだ。」
「アク・アパッツァ以外の、こころはすべて偽りであり、ゴルゴン・ゾーラの影響下にあるものだ。
もし、それらに触れたら、そなたらの身に不幸が降りかかることになるであろうぞ。
なぜなら、絶対的な法則に逆らうことになるのだから。」
ハルの中に、恐ろしい記憶がよみがえってきた。
そう、この感じは・・・
ああそうだ。
ザッハ・トルテで繰り返し何回も何回も味わったあの感じだ。
トルテの権威とその教えのみを絶対的なものとし、それに逆らうものを容赦なく断罪する感じ。
自らの立場を特別絶対のものとして、内々にとどまり、内々だけで喜び合い、
その他の立場のものと分かりあうことがないばかりか、真っ向から否定し、自分の中に取り込もうとする・・・。
「私は、君たちのことを本気で思って言っているのだ。
愛がなければ、ここまで強く言わぬ。
だから、どうか・・・この素晴らしい聖なる地にとどまってくれないか。
アク・アパッツァの外なんかに、〈永遠の君〉はいないぞ。」
違う・・・!
マスターは・・・あなたたちみたいな言い方はしなかった・・・!
ハルもウミも、なにか自分のこころのなかに土足で入り込まれるような感じを覚えた。
「〈トゲ〉が・・・!」
ハルのうちから黒い大きな〈トゲ〉が突き出した。
ハルだけでなく、ウミにも。
「いかん・・・
だけど、そんな〈トゲ〉など、この地で道を歩むことによって簡単に克服できるのだよ。
そうして、はじめて治るのだよ。」
そんなことをのたまう門番の内からこそ最も巨大な〈トゲ〉が岐立していたのであるが、彼自身そのことに全く気にも留めていない様子だった。
更に困ったことに、
アク・アパッツァの周囲には、複数の「聖なる地」が存在し、互いにその絶対を主張して譲りあわなかった。
絶対的なるものだからこそ・・・
その〈トゲ〉も一層絶対的に解決のつかない代物へと成長していたのだ。