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リング

広場やその周りの通りでは、解散後の人々が無数の輪をつくっている。


「ハル、本当にすげえよなぁ、ザッハ・トルテ宇宙皇帝様って!」

竹馬の友、フライドチ・ケンは目を輝かせながら興奮気味に語りかける。

彼の首には、ハルと同じ銀のリングがつけられていた。


「俺、もう感動しちゃって。

さすがあの方だ。もう、あの方はあんなすごい次元の凡人には想像もつかないようなはるかな世界で生きているんだよなあ。

そして、俺たちを守るために激しい戦いを繰り広げられていると思うと、、、俺は、、、」


ケンの目が涙でうるむ。


「ハル、俺とお前は深い絆で結ばれている同期の桜。

お前のことは、同い年ながら尊敬してるよ。

これからもよろしくな。

お互いにザッハ・トルテ宇宙皇帝様のためにがんばろうな!」


二人が歩いていると、その少年たちのつけた銀の首輪を見て、周りから

「おお!ほら、あの人たち、シルバーよ」という一目置いた眼差しで見られる。



ちなみに、神聖ザッハ・トルテ帝国民全てには、二十四時間肌身離さずこのリングを首に着用することが義務付けられている。

これを外して外を出歩くことは、公然わいせつよりも恥ずべき重大な犯罪であり、その場で斬り殺されても文句は言えないのであった。

と同時に、それは上級国民にとっては「誇り」であり命よりも大切にせねばならぬものであった。


リングの色によって、階級はわかれていた。


もちろん、その頂点は宇宙皇帝でおわしますザッハ・トルテ。

彼の正体とは大宇宙の創始者であり、かつ宇宙の中心の玉座に永遠に君臨している存在である。なんと、その存在が肉体をまとってこの世界に現れているのである。


彼の説き明かした大宇宙の真実の姿は、「ザッハ・トルテ理論」と呼ばれる。


ザッハ・トルテ理論に接した人々は、それまで分からなかった真実に触れ、

「自分は、ザッハ・トルテ理論に出会うためにこの世界を選んで生まれてきたのだ!」

と確信して、涙を流す。

そして、真実に目覚め、すべてを捨ててザッハ・トルテ王国に走るのである。


こういう人間は、こころのステージも、宇宙における年齢も高く、前の人生においても長くザッハ・トルテ理論を学んできたので、すぐに分かる。


ザッハ・トルテ理論は、派閥でも個人の思想でもなく、宇宙の真理そのものなのである。

したがって、その真実はすべての人に伝えられなければならない。

伝えても分からない人間は、その本質が腐っている。

暗黒に向かうべきステージの低い人間である。


そこを起点として、彼の説く「宇宙の真理知識の多さ、深さ、高さ」といった基準をもとにして階級が分けられる。


また、「人類全体に対する愛の大きさや深さ」も重要な要素である。


【全人類に対する愛とは】(神聖ザッハ・トルテ法典より引用)


「愛は行動をともなう。具体的な行動を伴わない愛は愛ではない。

人類全体に対する愛の奉仕において最大なるものが、偉大なる宇宙皇帝陛下トルテ王のために明確な形で執着を喜んで捨てるということである。

すなわち、金品なるものは地上に蓄えておいて所有しておいては腐り、魂までも腐らせてしまうのである麻薬のようなものである。もっとも良い使い途としては帝国に喜んで喜捨することなのだ。

人類を愛するということは、宇宙の愛の源である宇宙皇帝陛下ザッハ・トルテを愛するということである。トルテ王は愛の根源であり、宇宙にたゆたう愛の別名をザッハ・トルテと言う。ザッハ・トルテを離れた全ての愛は、醜い欲望でしかない。このことを肝に銘じておくべきである。

人々は皆、ザッハ・トルテを愛することを通してはじめて、愛の何たるかを知り、人類全体を真に愛することができるのである。

愛は具体的行為によって初めて結実する。

宇宙の源であるザッハ・トルテ宇宙皇帝様におかれては、世界の全てと人類の命の全てを無償で与えて、一銭の見返りも求めずに、ただひたすら与え与え与え尽くす方である。

それなのに、何の恩返しもしないことは、人間として最悪の部類であると言えよう。

宇宙皇帝陛下は全てを与えられたのだから、全てを喜んでお返しすることが愛なのである。

その人類に対する愛の功徳は、後で十倍にも百倍にもなって帰ってくる。首につくブレスレットという形で。これは、あなたの永遠の生命における幸福を保証するものである。


そのような「透明で公平で言い訳の効かない観点」からトルテ帝国での階級はわかれている。

そして、トルテ帝国が全世界を統治する来るべき世界においても、また死後に帰るべき高次元宇宙においても地上で得た階級はそのまま通用する。


トルテ王が地上でつなぐものは、高次元宇宙においてもつながれ、

トルテ王が地上で解くものは、高次元宇宙においても解かれるのである。

その権能が彼にはある。


この国における階級はそのまま、高次元宇宙における階級であり、永遠の生命における階級付けとなるのである。

したがって、現世でも来世でも幸福を掴む最善にして最短の方法は、宇宙皇帝陛下を愛し、その愛を具体的な行動に移すこと。それが、喜捨なのである。」



【人間の本質には階級がある】(ザッハ・トルテ理論より)


人間は無限から無限に往く永遠の旅人である。

人間の存在は、ザッハ・トルテからつくられ、一切の自由を与えられている。

そして、人間とは永遠に進化を続けていかねばならないのである。


そしてその進化には段階(ランク)が存在する。


まずは、普通の人間。


次に、良い心を持つ善良な人びと。


その上に、特殊な技能を極めたエキスパート。


彼らには、心の状態のレベルにおいてそれに見合った色のブレスレットが授与される。



しかし、ここまでは凡人の領域である。


しかし、ザッハ・トルテ理論に目覚めはじめたものは選ばれし特別な使命を持った者である。

それゆえ、授与されるリングも光沢を放つようになる。


彼らはザッハ・トルテ宇宙皇帝のために特別な役割を果たす者ゆえ、トルテ帝国における地位も特権的なものとなる。

国民はすべからく、彼らの指導に素直に従わなければならない。



はじめに、ブロンズ。

彼らは、凡百の何の取り柄のない一般人とは別の領域の特別な知覚に目覚めはじめた存在である。

しかし、まだザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下への忠誠や、自らの心の修行が未熟であるため



次に、シルバー。

彼らは、ずば抜けた秀才であり、もはや命を失ってもその心が失われることはないほど堅忍不抜の忠誠と心を持っている。


続いて、ゴールド。

彼らは天才である。もはや、ザッハ・トルテ宇宙皇帝の心と自分の心は一心同体である。

彼らの心は、全人類と全宇宙の救済に向けられている。

私心は何ひとつない。



そして、プラチナ。

彼らは、一つの時代を一人で動かし、その後何千年何万年の間影響力を与えるほど巨大な精神的偉業を成し遂げる。



人間として到達できる最高の領域の階級が「ダイヤモンド」である。

彼らは、惑星や星々すらも創造し、統治することすらできる。


無論、上に行けば行くほど、宇宙の真理であるザッハ・トルテ理論をマスターしているというわけだ。



その上のはるか越えられない壁の向こうに君臨するお方こそがザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下に他ならない。


宇宙皇帝陛下を超える存在は一切存在しない。

もはや人間が到達できる領域をはるかに超えてしまっているので、目指すべきではない。

目指してしまったが最後、行き着く先は、無限の闇が続く阿鼻叫喚でしかない。




闇の領域にも段階がある。


例えば、いつも悩みを抱えている人間や、病気を持った人間、皮膚や目や声や耳や内臓のトラブルを抱えた人、障害を抱えた人間や、いつも落ち着きがなく、集団の秩序を乱す者は、十中八九、闇の領域の支配を受けいている。


人間関係の不調和や、気に入らない人が存在することも、全て皆、闇の仕業である。




また、差別を受けるような人間、虐待されるような人間、貧乏な人間は、それ以前の人生において、まさに同じことを他者に対してやっていたのである。

その報いが自分自身に帰ってきたのであるから、それは人生の課題であると前向きに捉えて、敵を愛するように努めなければならない。



大切なことは、全ての原因は他人や環境でなく、自分自身にあるという真理に気がつくことである。


それは誰でも自分自身の頭でしっかりと考えれば気がつくことである。


全ての問題は自分自身に原因があると気がつくことと、

偉大なるザッハ・トルテ宇宙皇帝陛下を強く信じることが重要である。


信じる際には人間の小賢しい頭で考えないことが大切なのだ。

ただ何も考えずにどこまでもどこまでもついてゆく姿勢は生命よりも重要である。


ハルがつけていたのは、シルバーのリング。

リングの階級が上がるほど、不思議なパワーが増し、驚くべきような奇跡が多く起こるとされた。


しかし、ハルにとって、それには何か言い知れぬ違和感があった。

どこか憂鬱に押し込められ潰されてしまいそうな。


「この国のみんなは幸福そうな顔をして盛り上がり叫んでいるが、それは本当にそうなのだろうか。」

何度もそうした想いが出てくるのだが、押し込める。


「一体何が不満というのか。」


神聖ザッハ・トルテ帝国は、「自由の国」「繁栄の国」。

そう称していた。


たしかに、自由は保障されていた。

それはあくまでザッハ・トルテ理論から導き出される法の範囲内であったが。


巨大な宮殿とそれを取り巻くあまりにも華やかな内部の煌びやかな装飾は見る人が見れば繁栄のシンボルだろう。



神聖ザッハ・トルテ帝国は、世界に向けてもPRをそことなく繰り返していた。


理想郷がここにあるのだと。


それでも、たいがいは、九割以上は無視され、白い目で見られはしたものの、

やはり、少数ながらもその話を聞いて、共感し、憧れる。

そして、豪華な馬車で送られて山や荒野を抜けて、あの白亜の高い壁の中に入っていく。


心に寂しさを抱えている人、

自分の人生に特別な意味を見出したい人、

社会の矛盾や不正に怒り、正義感の強い、社会から排除された人々、

人生の目的や意味を探している人々が、トルテ帝国の説く理想に憧れて入居を求めた。


―――ハルの母親もそうであった。




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