挫折
ハルは告白するように呻いた。
「たしかに人の世は、煩わしく、あまりにも疲れる。そこに終わりはなかった。
しかし、ああ、告白すると、たった一人きりで何か月も大自然の中で過ごしていても、オレは人のことを思う。思わずにはいられないのだ。
いつも、オレの脳内には、他人の存在が作り出されては、幾度となくオレを苛み続ける。
そして、オレは孤独に耐えることが出来ないのだ。
独りでいることをあれだけ望みながら、いざ世捨て人のようになると、ともかく早く誰か友が欲しいと願うのだ。
人の世が煩わしくても、やはり人が恋しい。
人がいなければ狂ってしまいそうなほど、人を求めている。」
頭を丸めた師は言った。
「それは、当然のこととしてうけいれなさい。
それが欲望の働きだ。
この世界の一切が、生存しようとし、飢えと渇きを満たそうとする盲目的な力によって動かされている。
生きるということは、その盲目的な力によって生み出されて、盲目的な力に従って死んでいくということに他ならないのだ。
盲目的な力のうちに死んだとしても、その力の影響は次の存在へと続く。
ドミノ倒しのようにそれは延々と終わることなく存続していくのだ。
一切の物事にはすべて原因と結果がある。
それをじっくりと観察し続け、その根元にある〈トゲ〉を見極め、正しく抜き去った時には、火が消え去ったような完全なる静寂が訪れる。
それを極めたものは、もはや存在も無も超えて、無限に続く苦しみのラットレースから抜け出すことが出来るのだ。
それは、師から言葉で教わるのではなく、実際に修行を極めることによって到達できる境地なのだ。」
「・・・そうですか。
オレはまだ忍耐が足りなかったですね・・・。
もう少し腰を据えて心を磨いてみます。」
ハルだけでなく、四人全員が、〈トゲ〉を完全に抜き去るために深く深く、激しく禅定に打ち込んだ。
ところが、その階梯は絶望的なまでに高かった。
聞くところによると、その偉業を成し遂げた人間は歴史の中で、五百いるかいないかというらしい。
そこに至るまでには、何万年、何億年という気の遠くなるような人生を、欲望を脱ぎ捨てる修行に費やさねばならない。
「・・・お前たちは、この道を歩み続けるか?
この世界から隔絶された孤独な島で、ひたすら刺激もなく、財産も所有も生活の糧をもすべてを振り捨てて、単調で質素だが清らかな生活を営むか?
それは、とても尊く、立派だ。
・・・憧れはする。
・・・憧れはするが、とてもではないが、一生をこうして生きるとなると、気が狂ってしまいそうだ。」
「・・・たしかに、私も・・・。」
三人もハルに同意見だった。
四人は師にそのことを告げると、彼は責めもせず、たしなめもせず、彼らの選択を尊重してくれた。
「誰もいないこの島での修行は実は楽なものなのだよ。
むしろ、本当の修行は人の世での中にある。
その効果は、この島の何十倍あるだろうか。
君たちがここでつかみ取った経験は、たしかに問題をすべて解決するには至らなかったかもしれない。
されど、必要なものであったと信じている。
さあ、旅を続けなさい。
散らばったメロディーを集めてほしい。
ダイモンを連れた少年少女たちよ!」