こころ無き自然
レイは苦し紛れに言った。
「欲望にまみれた人間の叡智なぞに学ぶのはもうよしましょう。
せっかく、今は、人の世から離れて、この美しい島の自然に触れているのだから。
そう、もともと人もその〈こころ〉も自然の一部なのだと言うことに気がついて、戻っていかなくちゃいけない。
人が作っていない大自然に向かいましょう。
大自然に向き合っている時は、人の世のことなど、〈トゲ〉のことなどどうでも良くなるはず。
あんなものは、すべて人間の妄想よ。
実在するのは、自然だけ。
さあ、この美しい自然と交わり一つになりましょう。
憂鬱は消え去り、疑いは解けていくでしょう。」
四人は、人間の叡智から離れ去り、質素な生活と瞑想を続けながら、大自然の研究に没頭した。
島に誰も知らない植物や動物を発見したとき、彼らは大いに喜んだ。
複雑な現象は、すべて単純な一つの事実の法則のうちに説明できるようになった。
ああ、なんという幸せなことだろう!
太陽の周りを多くの惑星が回っており、それはとけいよりも正確に動いており、
ひるがえって、目に見えないほどの小さな世界においても、物質の根底には小さなつぶつぶの周りを別の種類の粒が、おそるべき速さで回転しているのである。
それだけの速さを持ちながら、衝突もせず、秩序と静けさを保って動いているのであった。
全てのものは、ひとつの秩序で動いている!
規律と法則によって動いている!
そして、万物は平和にかみ合って存在している。
この大宇宙、大自然の法則に合わせて生きる者は、宇宙の運行と共に平安で静かに生きることが出来る!
しかし・・・
自然が人間のこころに及ぼす感化力は、所詮は受け身のものでしかなく、能動的なものではなかった。
自然は、ただそこにあるだけで、自らは何も語らない。
いや、語ったとしても、
自然は、喜ぶ者には喜ばしく見え、悲しむ者には悲しく見えた。
「〈こころ〉が物質をとおして働くことはある。
だけど、物質が、〈こころ〉を生み出すわけじゃない・・・!
どこまでいってもね。
だから、自然はけっしてそれだけじゃ、私たちの〈こころ〉の奥底にまで語り掛けることもなければ、〈トゲ〉を癒してくれるものではない!
自然は、エゴにまみれた私たちの苦しみを根本から取り去ってくれることはできない。
なぜか。
自然は、生命やこころの境遇であって、それを生み出した原因ではないからよ。
もちろん、自然がその発達に影響を与えることは大いにありうる。
だけど、病気がその生命そのものに原因がある時は、周囲がいかに良いものばかりでもこれを癒すことはできない。
善い空気や善い環境はたしかに、大きな助けにはなる。
肺の病気はきれいで温かい空気に触れたら良くなる。
だけど、体の中に菌が入ればそれは、人が薬を用いないと治すことはできない。
この〈トゲ〉も、〈こころ〉に突き刺さったものだから、やっぱり治すことが出来るのは、〈こころ〉以外にないのよ。」