叡智
「別に、多くのものを網羅する必要はないわ。
・・・私がプリン島にいた時もそうだったけれども、小さなものの中には宇宙のすべてが含まれている。
無限にある砂浜の砂の一粒で、宇宙のすべてを説明することだってできる。
一つのものの中にある深い〈ほんとうのこと〉を掴みさえすれば、万物は同じ〈ほんとうのこと〉によって動かされていると知ることが出来る。」
レイは、難解極まりない宇宙の諸相を難なく理解することもできたが、同時にそれを少年少女たちにも分かりやすく説明することが出来た。
「あとは・・・みんな、これ使いな!」
レイのつくりだした「鏡のような板」には、無数の「窓」が付いていた。
少年少女たちは、その板からありとあらゆる人類の叡智にアクセスすることが出来た。
「・・・すごい・・・この一枚の軽い板のなかに、メープル村のすべての本よりもたくさんの本が詰まっているみたいだ・・・!」
「・・・いや・・・ティラミス国立の博物館や大学くらいよ・・・!」
「八万四千のザッハ・トルテ法典など、豆粒ほどの分量にしか思えないな・・・。」
三人は一様に驚いた。
「必要とあらば・・・この窓からいくらでも本を取り出して読むこともできる。」
そう言えば、ソラはメープル村での学びのことを思い出していた。
教師から一方的に押し付けられることは少なく、むしろ、それぞれの興味に合わせて徹底的にそれを深める方法での学びを追及させてくれた。
また、少年たちは互いに自らの研究内容を交換し合い、時には協力し合って、何か一つのものを作り上げることにすら成功した。
そして、それは、往々にして、自分の成長にも、村全体の幸福のためにも役に立った。
「そうだ。学ぶことのうちにも、〈トゲ〉はない。」
島での生活は、瞑想や生活に必要な作業をのぞけば、ひたすら暇な時間が多かったので、彼らはみな一様に学びに励むことにした。
〈小さな板〉の窓から得られる古代の人びとからの、また最新の研究による叡智は、彼らを夢中にさせた。
夜中に、ランプに火を灯して、彼らは〈小さな板の窓〉から得られた叡智の書にペンをもって書き込みを師、それらの叡智と対話を続けた。
そうして学びに没頭している間は、悪い想いも、ドロドロとした考えも出てくることはなかった。
「ああ、ぼくたちの狭い部屋に、親しきランプの輝くときは、
自分を知ろうと努める心の 胸の曇りが晴れる時がある。
知恵は何度も語り、 希望がさらに咲く。
ぼくたちは生命の川に飲み、活動の泉に汲むのだ。」
〈窓〉を開くたび、彼らの前に、亡くなったはずの古代の賢者たちが〈ダイモン〉として彼らに語り掛けてくるようであった。
そして、賢者たちと彼らは時空をこえて、語り合い、自らの気が付かなかった心を告白し、賢者らと深き次元で友となったように感じた。
賢者たちの〈ダイモン〉は、少年少女を遥かなる天界から宇宙まで導いて、ともに旅をしてくれた。
「ああ、まるで、オレはこの人の世の人間ではなく、
オレはオレから抜け出して自由になって、本物の賢者となったような気がする・・・!」